ピカソ 青の時代──カサヘマスの自殺(上)

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 青の時代
 カサヘマスの自殺

  一九〇〇年十月、ピカソは親友カサヘマスといっしょに初めてパリに行く。十二月にはバルセロナにもどり、一九〇一年五月にまたパリに行き、翌年一月にはバルセロナに戻り、十月またパリに行き、一九〇三年一月バルセロナに戻り、一九〇四年四月からは、パリにずっと腰を据えることになる。                                
 なぜパリに行くのか。サバルテスは書いている。「われわれは北欧(ノール)の新しさにとりつかれていた。問題となり重要なのはパリの流行なのだ。われわれスペインの知識人はフランスに行っていた……画家も彫刻家もデザイナーも国境をこえて行くよりほかはない。」それは流行の問題ではあるが、流行以上のものでもあった。じっさい三十年にわたる印象派の支配は、パリを全ヨーロッパの芸術的中心地にかえていた。さらにパリはまた文化的中心地であり、社会の動きや労働運動の発展が、ほかのどこよりも思想界に大きな反響を及ぼすところである。ほかはどこもまだ田舎の空気を吸っている……

 パリに着いたピカソは、モンマルトルのガブリエリ街にあった同郷の先輩、ノネルのアトリエに落ちつく。彼はモンマルトルの丘に新しい人生を見いだし、いつものように自分のまわりのもの、自分の内部のものを描きはじめる。いかがわしい街の女や道楽者など。
 ピカソの「スペインぶり」をまじえたパリの絵に魅かれて、同郷の画商ペドロ・マニャーチがピカソの絵を買い、画商ベルト・ウェイルに彼を紹介してくれる。(つづく)

<新日本新書『ピカソ』──青の時代>
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