アラゴン「平和の歌」

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 平和の歌(抄)
                ルイ・アラゴン

    *
わたしは言おう 蒼ざめた突然の平和は
ながいこと夢みた 幸福のようだ
見つけたとは なかなか信じられぬ
  幸福のようだ と

わたしは言おう 平和は女のようだ
扉を開けると 二本の腕が           
いきなり わたしの心と頸(くび)に
  巻きついた

わたしは言おう 星たちに平和を
一日のすべての時刻に 平和を
屋根瓦に きみに 平和を
  影と愛に 平和を

遊んでいる子供たちに 平和を
駈けて 跳(は)ねて 叫び 笑い
牧場で考えたことのつづきも
  忘れてしまう子供たちに

平和を言いながら 奇妙なことに     
あの恐怖の感情(おもい)を わたしは抱く
なぜなら わたしの心までが変わるから
  軽ろやかな軽ろやかな心に

平和はよろめき しっかり立てぬ
流したばかりの血や 傷口を
まだ 気づかい いたわっている
  なおりかけの足のように

戦争は 手綱をゆるめた
戦争は 勝負に負けた
残った鈍(にぶ)い響きは ひきずっている
  死んだふりをした悪を

兵営へむかう戦車が
まだ 轟ごうと音をたてる
さあ踊ろう うまごやしの野で
  夜がくるまで

たくさんの家と 幸せな日日が
若者たちのために つくられる
愛は願うだろう たくさんの子供たちが
  生まれてくることを

戦火に焼かれた すばらしい建物が
世界じゅうで また建てられるだろう
生活は ゆったり ゆたかになり
  乞食もいなくなるだろう

そうして 巨大な実験室で
人類の奇跡が 行われる
そうして 歴史の鳩は
  われらの手のなかにある

死が たむろした この世紀では
すべてが 為(な)されねばならぬ
ひとは成層圏に見るだろう
  平和かどうかを

こちらで消えても あちらの方で
火はくすぶる いつも誰かが
狼に住みかをあたえているのが
  よく見える

誰かがいつも どこかで夢みている
拳骨でテーブルを叩いて挑(いど)みかかろうと
そうして 休戦条約のマントのしたで
  じっと覗(うかが)っているのだ

平和こそが 戦争犯罪人を膝まずかせ
自白するように 余儀なくさせる
そして犠牲者たちとともに 叫ぶのだ
  戦争をやめろ
    *
どこでも 戦争をやめよ 人間と自然のうえに
温室と畑のうえに 庭のうえ 牧場のうえに
テーブルと椅子のうえに 木と屋根のうえに
魚たちの海のうえに 船たちの海のうえに
大胆な男と鳥が冒険を試みる 空のうえに
彫刻が夢みている 石の過去のうえに
いまの世界のうえに 未来の世界のうえに
母親がその胸にまもる 赤ん坊のうえに
女と子供のうえに どこでも戦争をやめよ

恋びとたちがそぞろ歩いてゆく 木蔭の道のうえに
くちづけが生まれる 熱いくちづけのうえに
悦(よろこ)びを味わおうと 大きく開いた眼のうえに
腕をだらりと下げている 疲れた愛のうえに
灰の下に眼ざめた しあわせな欲望のうえに
けっして売りには出ない あの楽しさのうえに
頭から足の先まで 感じたものをわからせ
ベッドをあんなに柔(やわら)かくする 睦言(むつごと)のうえに
愛撫のうえに血のうえに 戦争をやめよ

戦火(ひ)を放つな 幼稚園や 小学校のまえに
片言(かたごと)をしゃべりはじめた子供たちのうえに
雪だるまと ボールのなかの牛乳のうえに
飛ぶ鳩遊びで まちがって手をあげた時の笑いのうえに
石だたみに貼りつける デカルコマニーのうえに
2たす2は4 や ドレミファソのうえに
おおノートよ 指揮棒よ ソルフェージュよ 読み方よ
おお 物語の最初のページをひらく楽しさよ

戦火(ひ)を放つな 道路にアスファルトを敷いている人たちのうえに
炭坑の奥や船倉の底で働いている人たちのうえに
荒地に鍬を入れる人たち 円天井を作る人たちの上に
瓦礫をとりのけて 整地をしている人たちのうえに
埋立地を支える 壁をつくっている人たちのうえに
疑うこともできずに 毎日 働いている人たちの上に
石油 鋼鉄 コンクリート ガラス ゴム
それらの必要物資に 汗を流している人たちのうえに
戦火(ひ)を放つな 人間とその勝利の足どりのうえに

戦火(ひ)をつけるな 堅牢な石の彫刻のうえにも
魅惑的なステンドグラスをつくる画工のうえに
耕作しうる雲の世界を耕している詩のうえに
冬をしのぎやすくしてくれる音楽のうえに
咽喉の奥からでる やさしい影のような歌のうえに
すばらしい足ですべてのものを征服する舞踊のうえに
森にも比すべき建築や レース織りのうえに
とつぜん ひとの眼を奪い眩惑する美のうえに
戦火(ひ)をつけるな これから歌おうとしている人たちのうえに

戦火(ひ)をつけるな ほかの者が黄金(かね)に賭けているとき
あけぼののために生き方と生命(いのち)を賭けている人たちのうえに
きみらの融資やかなしばりの援助を乞わず
きみらの眼には狂人(きちがい)とも見える人たちのうえに
そしてマーシャル・プランやテイラー体制を拒否し
死にたいする 人びとの共同の拒否のなかに現われる
人びとの共同の意志をよりどころとする人たちの上に
原子よ 黙っていろ 大砲よ 咳などするな

どこでも 戦争をやめよ やめよ 戦争を どこでも

        一九五三年十一月十五日─一九五四年七月二十六日

<『アラゴン選集3』 眼と記憶>
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