アラゴン「未来へのほめ歌」

ここでは、「アラゴン「未来へのほめ歌」」 に関する記事を紹介しています。
 未来へのほめ歌(抄)
                        ルイ・アラゴン

かの女は夢みていた 夢みることも時に一つの勉強だ
見ると かの女は家の中を行ったり来たりしていた
家のなかは 何もかも習慣どおりになっていた
習慣は 夢想家たちにとって 第二の理性なのだ

かの女は夢みていた 行ったり来たり 食卓をととのえたり
うわの空ながら あれこれと気をくばったり
いつものように何もかも背負いこんでるという風で
通りすがりに 黒い犬たちを手で撫でたりした

かの女は夢みていた わたしにはその夢みるしぐさがよくわかる
かの女が外に出た時も 見守ってやらずにはいられぬ
ふと かの女がまなざしを上げて上を見るとき
かの女は よそ行きの日の子供のような眼をしている

かの女は眼を大きく見開いて 夕ぐれの眼をしている
あたりには誰もいないのに 夕ぐれの眼をしている
その眼を わたしは鏡の中に盗人のように盗み見る
そんなわたしに気がつくと かの女は輝やく眼をかげらせてしまう

かの女は秘かに夢みていた かの女が じぶんにも
よそよそしい心で話していたのは 言いわけだったのだ
かの女は計略を考え出して わたしから逃げ出したのだ
かの女の着物が ただ絹ずれの音をささやいていた

かの女は夢みていた その夢は時に熱病であり
冒険であり ドラマであり 読まれることのない物語だ
そうして誰が その顛える唇から 音のない音楽を
聞きとるのだろう わたしはそこから閉め出されているのだ

こうしてかの女は夢みていた 何やら分らぬ光景が
思い浮んで いきなりわたしを駆りたてた
きみはどこへ 人を避けて どこへ行くのか
わたしは 庭の奥で泣いているかの女をつかまえた

こうしてかの女は 何かもの悲しい物語を夢みていた
天候は折悪しく かの女の足もとに冷えびえとしていた
わたしは言い張る きみは肩掛もかけていない 家の中へ入ろう
わたしの言うことも聞かずに きみはいったいどうしたのだ

かの女はなおも夢みていた しかし 苗床がどうなったか
見に行ったのだと かの女は言い張るのだった
かの女は 灰色をした明日の日を夢みていた
しかも温室のガラス戸が半分しか開かないなどと話していた

家にもどるため 彼女はいやいやながらわたしの手を執った
螢がひとつ わたしたちの前の 草のなかで光った
「わたしは いましがた 未来を夢みていたの」
かの女が ひそかに書いていたのは『赤い馬』だった

<『アラゴン選集3』 眼と記憶>

*アラゴンはエルザの執筆していた小説『赤い馬』に触発されて『眼と記憶』を書いた。

関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/1616-678ad302
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック