アラゴン「民衆」

ここでは、「アラゴン「民衆」」 に関する記事を紹介しています。
 民 衆
                ルイ・アラゴン

民衆とは 通りすがりにふと口にする言葉だ
口にするやいなや ひとは通りすぎてしまう
そうしてそれは木いちごの中の黒い実のようだ
ひとはまた思い出の中でその実を摘みにゆく

廻わりうごく車両はもとのままではいられぬ
着ものはまたべつの服屋からやってくる
民衆とは ドーミエがかつて描いたように
いつもがたがたと揺られてゆく三等車なのだ

坐ったり立ったり めいめいささやかな夢をみ
ひじとひじをつき合せて 孤独で 気も配らぬ
きのうのように きょうもあすもおんなじ歌
どんよりしたまなざしが ぼんやりとさまよう

汽車は出ていく 人生も汽車も小刻みに揺れる
一日じゅうこき使われて 手にはほとんど残らぬ
この上なく頑丈(がんじょう)な腕と たこのできた手としわと
煙草をふかし食べて眠って着るのが精いっぱい

時間表にあわせて 人びとは家へ帰っていく
とびはねる砂利にあわせて 肩を揺すりながら
かれらはそのひとなみの眼で夜をみつめる
考え方を変え縫い直さねばならぬあの悪を

わしらは働くんだから からだを休めねばならぬ
それが 少しも思いどおりにいかないのだ
しかも女房は 靴のおかげで機嫌がわるいのだ
靴は毎日はくものだ ほしいのも無理はない

靴ははずんで 若もののように出かけていく
マリーよ それで思い出せよ わしらの春を
おまえはまだ ちびすけを生むまえのマリーだった
わしらは愛しあっていたから よく稼いだものだ

何もかもきちんと 結構うまく運ぶものだ
さあ 踏切の横木がひらいて汽事は走りさる
むこうのシグナルが ぱっと目をさます
あきらめきった民衆は わが家へもどっていく

あきらめきった民衆とは 大まかすぎる言葉だ
道ゆく人を 足つきでおしはかるようなものだ
それは灰の下にある火を知らずにいることだ
手紙を一べつして 中みの言葉を忘れてることだ

新聞をポケットに入れて 口もきかずに立ち
腕を宙に つり革にぶらさがっている
それは たとえば ありふれた勤め人か
あるいは鉄道員か または郵便局員だろう

この日ぐれ その男の沈黙の底でくすぶり
胸のなかでうみのようにうんでいるものは
やがてわなわなと身をふるわせる怒りとなり
額の青筋をふくれあがらせずにはいなかろう

かれの考えはふしぎにも ほかの人びとの
頭の中の おぼろげな明るみに似ているのだ
彼らはまだ みんなで足なみをそろえて進むことも
仲間うちから自分らの指導者を選ぶことも知らぬのだ

だが山を流れくだった水が川となるように
必要は かれらの肩をおしやり告げるのだ
みんなが落ちあう道を 徒刑場をこばむ道を
流れは前へと進みながら自分の河床を掘るのだ

それは人びとが自分の事業に向かって荷積みすることだ
自転車乗りのように腰をあげて乗りだすことだ
目標に向かってみんなが頭を寄せ集めることだ
正確に計算された勢力となり息吹きとなることだ

見るがいい わらの中で目をさます季節労働者達を
重い荷物が夜も休みなしに運ばれていく街道を
足もとの 胸をむかつかせる悪臭のなかで
砂糖大根を引っこぬいているひとたちを

町まちにバラックだての仕事場がつくられる
四方から 安値の人夫たちが集まってくる
イタリア人スペイン人モロッコ人ポーランド人など
野外競走の選手たちのように どこから来たか分らぬ人たち

おお 汗まみれの人間が葦とともに燃えあがる
モンドラゴン ドンゼールの工事場よ
鶴っぱしと運搬車よ 土と水とのぼう大な宙返りよ
大地とのレスリング ブルドーザーの回転木馬よ

労働はいれかわり立ちかわり夜までつづく
夜の奴隷部隊を照らす 探照燈の砂ぼこり
悪夢のように一隊のあとにまた一隊がつづく
それはまた八分の三拍子で寄せては返す海のようだ

この人間のたたかいの とてつもない壮大さ
そこに人の子はさいころのように投げこまれる
からだや力がどんなにへとへとになろうと
人間はまた働きしぼりとられるだろう

おお民衆よ 君は他人のために生活を造り変える
しかも きみの命は指の間から水のように流れさる
君はキリストであると同時に使徒たちなのだ
やがて復活祭がきて 君のいさおしを告げよう

もうすでにあけぼのは東の空を染めている
白みかけた寒い時刻「キリストの墓」の戸口で
銃剣を抱いてねむっていた兵士たちは
蔽いの下から立ち現われる「人間」を見た

兵士たちは夢ではないかと恐れふるえた
なんと もう夜明けなんだ もう自由なんだ
だが 鈍重な腕で眼を蔽い 驚かされた迷いを
もとのままに また朝寝をきめこむものもある

わが民衆よ うたぐり深い兄弟たちの目をさまし
その心をつかんで組織し 納得させて言うがいい
舟乗りは港を 炭坑労働者は青空を そして
農民は照りつける太陽を みんなが要求する権利があると

わが民衆よ 君の母のゆがめられた手をとり
君の子供たちに約束された優しさをとりもどすがいい
未来は君のものだ それを綱領にも書くがいい
牢獄のなかでさえ君の眼は勝利に輝いているのだ

人びとのくちびるも穂麦もおんなじ歌でざわめこう
おお 朝がたの群衆が大地を踏み鳴らす音よ
人びとよ 君をみちびくものを選び出すがいい
正しい言葉と確かな足どりとを選ぶがいい

すべてのアンナプルナがその雪の峯をそば立てよう
このみんなの夢が大きくなってゆくのをきくがいい
かつてわたしは歌った「党はその人民をみちびく」と
そうして きみたち征服者はいうがいい「わが党よ」と

党 それは大文字で書かれることばだ
「党はその人民をみちびく」ということばを
わたしが口にするやいなや 皆既日食となり
その他の太陽はもう わたしには無縁となるのだ

<『角笛』22号、『アラゴン選集3 眼と記憶』>

関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/1612-b53dbb5a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック