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八町敏男「一本の松」

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 一本の松
               八町敏男

断崖の岩の上に
唯一本立つ松よ
強風にあおられて幹は曲がり
一方向に枝は靡いて
なお懸命に立ち続ける松よ
幾歳月、汝は変転する今生のありさまを
胸底深く映し取ってきたか

私の歩んできた生も
汝に似たものがありはしなかったか
師として仰ぐ人を失い
慕うべき人を持たず
朋友は別れて遠く去り
私は一人、此の地に残り
己れのみを頼りに生きてきた

荒波は断崖の岩肌を洗い
オホーツクからの冷たい風に逆らい
渡り鳥は高く群れを成して
雲を貫いて翔けてゆく

松よ、
巡る季節を幾百となく越え
汝はなおじっと耐えて
異形の影を刻す
立ち続けることが
生存の証しででもあるかのように

降りかかる苦難を
苦しみと観ずることなく
ひたすらに生きること
そのときこそ生は充実し
漲ってくる
とでも云おうとするかのように

私には汝のような勁(つよ)さはない
人間として生かされ
運命に流され躓きながらも
汝の生きる姿に出遇うことで
弛まぬ精神の大切さを
教えられる

断崖の上に陽は傾き
秋の季節は去ろうとしている
打ち寄せる波音のなかに
私はかすかな冬の足音を聞き
踵をかえして歩み出す

(八町敏男詩集『木の声』砂子屋書房 2012年11月)

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