八十八歳
大島博光
わたしもいつのまにか八十八歳になった
思えば遠い長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
わたしの春の日には血なまぐさい嵐が吹いていた
だが黒雲のあいだから明るい陽も射していた
狂犬どもに美しい勇敢な若者たちが噛み殺され
こころ美しい娘たちが無残にもなぶり殺され
長靴をはいてサーベルをさげた狂人どもが
人びとを狂った戦争へ奈落へと駆りたてた
血と火と煙の地獄のなかをくぐり抜けてわたしは
四五年八月十五日の輝く太陽を仰ぎ見た
*
思えば長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
いつか道連れは消えてひとりよろよろよろめいてきた
ある時は雪の野に行き暮れてうづくまっていた
突風にあふられて地下の穴倉に閉じ込められた
アルカディアのようなポプラ林の黄色くなった
千曲川の岸辺で青い魚たちをわたしは待った
ランボオにならってわたしは反抗の道を歩いた
そうしてわたしの党を日本の党をみいだした
エリュアールは「平和のためならなんでもする」と言ったが
わたしは他者のために何もできなかった
*
思えば長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
道連れはいつか消えてひとりよろめいてきた
道連れのきみはさっさと先に行ってしまった
これから二人いっしょに老いようという矢先に
どんなにわたしは泣いたことか呻めいたことか
いまもオルフェの歌はわたしの唇(くち)からこぼれる
きみのおかげでわたしははじめて人間を生きた
きみのおかげではじめて愛を知り愛を歌った
*
思えば長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
道連れはいつか消えてひとりよろめいてきた
もう妻も友らもみんなほとんど行ってしまった
もうすべては影のように過ぎさってしまった
生と死のあわいでわたしはひとり待つばかり
この岸べから出かけてゆくある晴れた日を
そんな時の流れの自明を歌ってもなんにもならない
そんな自然主義的な涙はなんお役にも立たない
*
そんな老いの苦しみくりごとにかかずらって
きみはみずからみいだした太陽を忘れたのか
あんなにきみの道を照らしてくれたひかりを
あんなにきみをはげまし生きさせてくれた泉を
あんなに夢みて歌った未来はどこに言ったのか
きみのまなざしにあけぼのの色はもうないのか
希望には終りがないまたすべてが始まるだろう
歌うたう明日の人たちがやってくるだろう
きみも行きたまえ微笑みながら歌いながら
あの遠い無限の国へ夢見ながら愛しながら
(1998年)
大島博光
わたしもいつのまにか八十八歳になった
思えば遠い長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
わたしの春の日には血なまぐさい嵐が吹いていた
だが黒雲のあいだから明るい陽も射していた
狂犬どもに美しい勇敢な若者たちが噛み殺され
こころ美しい娘たちが無残にもなぶり殺され
長靴をはいてサーベルをさげた狂人どもが
人びとを狂った戦争へ奈落へと駆りたてた
血と火と煙の地獄のなかをくぐり抜けてわたしは
四五年八月十五日の輝く太陽を仰ぎ見た
*
思えば長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
いつか道連れは消えてひとりよろよろよろめいてきた
ある時は雪の野に行き暮れてうづくまっていた
突風にあふられて地下の穴倉に閉じ込められた
アルカディアのようなポプラ林の黄色くなった
千曲川の岸辺で青い魚たちをわたしは待った
ランボオにならってわたしは反抗の道を歩いた
そうしてわたしの党を日本の党をみいだした
エリュアールは「平和のためならなんでもする」と言ったが
わたしは他者のために何もできなかった
*
思えば長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
道連れはいつか消えてひとりよろめいてきた
道連れのきみはさっさと先に行ってしまった
これから二人いっしょに老いようという矢先に
どんなにわたしは泣いたことか呻めいたことか
いまもオルフェの歌はわたしの唇(くち)からこぼれる
きみのおかげでわたしははじめて人間を生きた
きみのおかげではじめて愛を知り愛を歌った
*
思えば長い道のりをあえぎあえぎ歩いてきた
道連れはいつか消えてひとりよろめいてきた
もう妻も友らもみんなほとんど行ってしまった
もうすべては影のように過ぎさってしまった
生と死のあわいでわたしはひとり待つばかり
この岸べから出かけてゆくある晴れた日を
そんな時の流れの自明を歌ってもなんにもならない
そんな自然主義的な涙はなんお役にも立たない
*
そんな老いの苦しみくりごとにかかずらって
きみはみずからみいだした太陽を忘れたのか
あんなにきみの道を照らしてくれたひかりを
あんなにきみをはげまし生きさせてくれた泉を
あんなに夢みて歌った未来はどこに言ったのか
きみのまなざしにあけぼのの色はもうないのか
希望には終りがないまたすべてが始まるだろう
歌うたう明日の人たちがやってくるだろう
きみも行きたまえ微笑みながら歌いながら
あの遠い無限の国へ夢見ながら愛しながら
(1998年)
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