シュルレアリスムとピカソ(下)

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 ピカソはシュルレアリスムの運動に関心をもち、接触しながら、シュルレアリストのように、無意識や空想的なものに訴えること、頼ることには、まったく興味がなかった。「解剖台の上でのミシンと雨傘との偶然の出会い」という、シュルレアリストたちの合言葉は、ぜんぜんピカソの流儀ではなかった。彼はシュルレアリスムの自動記述法(オートマティスム)には決して同調しなかったのである。彼はつねに現実から出発し、現実へ帰る。ピカソにあっては、イメージはつねに分析的であり、抑制されており、一九二九年の「形象(フィギュール)」のようにきわめて奇怪な創造のなかにも、古典的な明朗さ(セレニテ)があらわれている。
 ピカソはシュルレアリスムから、画家としてよりも人間として多くの影響をうけたと思われる。精神分析を発見したシュルレアリスムは、情熱、本能、エロティスムの世界を探求する意欲をピカソに与えた。またシュルレアリスムはピカソのなかにふたたび反抗の精神をよびさまし、青の時代以来かれの作品に現われていたあの感傷、感情表現を決定的に解放するのに役立ったのである。
 のちに、シュルレアリストたちは、ピカソのコラージュを絵画にたいする挑戦として称讃した。シュルレアリストの詩人たちは、彼ら自身もまた新聞や流行や日常からもぎとってきた言葉によって詩にたいして挑戦していたのである。シュルレアリストたちが「とるにたらぬばかげたもの」の詩法を実践していたと同じように、ピカソもまた社会がひそかに投げ捨てたあらゆるものを、その画面のなかに取り入れていた。
 一九三〇年、アルプ、ブラック、エルンスト、ピカビヤ、ピカソ等のコラージュ展がパリでひらかれた。アラゴンはそのカトローグに書いた「挑戦をうけた絵画」のなかで、ピカソとシュルレアリストたちの意図の類似を強調している。
 「・・・同じ頃、ピカソはとても重大なものをつくることになった。彼は汚い下着を手にとって、それを糸と針で画面のうえに定着させた。すると、彼とともにすべてがギターと化するように、それもやはりギターとなった。彼は、画面から突き出ている何本かの釘でコラージュをつくった。二年前に、コラージュにとって真の危機があった。その頃、わたしはピカソが嘆くのを聞いたことがある。それはこういうわけだ。彼に会いにきたすべての連中は、ピカソが瓦や古いボール紙のかけら、ひもや波形のトタン板、ごみ箱のなかから集められたぼろくずなどを手にして、それらに生命を与えているのを見て、巻いた上等のキャンバスを彼の所にとどけ、そこに画を描くようにと言って、彼に善をほどこしたと思い込んでいたのだ。彼はそんなものはほしくなかった。彼がほしかったのは、人間生活のなかのほんとうのぼろ屑だった。何か貧しいもの、汚れたもの、軽蔑される、とるにたりないものであった・・・」

<新日本新書『ピカソ』──シュルレアリスムとピカソ>

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