それが共同の武器になるとき  詩の翻訳について

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 それが共同の武器になるとき  詩の翻訳について
                           大島博光

 言葉の発見
 ハイネの名訳者である井上正蔵さんは、その訳業について、こう語っている。
 「それはたしかに、詩をつくるような苦しみと、よろこびがなくてはできなかった。ただの翻訳ではなくて、つまり、ぼくなりに、ハイネになりたかったのです」(本紙一九七二年十月二十八日付)
 ここには、詩を訳すものの苦心と願望とがこの上なく簡潔に語られている。わたしが訳詩をこころみているのも、「詩をつくるような苦しみと、よろこび」があるからにほかならない。アラゴンやネルーダの詩を訳していて、そこに詩(ポエジー)を見いだしたときのよろこびは忘れられない。詩を訳すのだから、詩を見いだすのはあたりまえではないか──そうはいっても、そこでは、詩はあくまで横文字のなかに横たわっているのである。それを日本語のなかに移すわけだが、それがつねに、うまい日本語に──日本語の詩のことばに乗るとは限らない。一行の詩句について、一つの名詞や形容詞について、幾日も考えつづけることもまれではない。その果てに、思いがけない、いいことばが見つかったときのよろこびは、大きい。

 本質を歌う
 たとえば、アラゴンにこういう詩句がある。

 砕けたさかずきから こぼれ流れる酒のように
 姿かたちもないわたしの亡霊はどこへ急ぐことやら
 土の重みにおしつぶされた すみれの花の
 ほのかな香りに酔って わたしの足は千鳥足
   (『エルザの狂人』)

 これは、自分が死んで、土の中に葬られた死後についてのファンタジーを歌ったものである。この最後の二行は、もし直訳すれば、
「おしつぶされたすみれの花は/ほのかな香りで わたしの足を酔わせる」となる。
 これだけでは、亡霊のイメージは出て来ない。どうしてもさまよってゆく足どりを現わす「千鳥足」が必要なように思われた。ここを訳しながら、わたしはふと、よいどれていた自分の青年時代を思い出した。つまり、千鳥足という一語には、わたし自身の体験がひらめいたように思う。
 ついでにアラゴンのこの詩についていえば、この詩の主題は、死後についてのファンタジーだけにあるのではなく、そのあとの詩句の、「わたしは、わたしに似たひとたちのなかに生まれ変わる」という未来への委託──未来への精神にある。ここにこの詩の本質的な新しさがある。死のファンタジーをうたった詩は多い。しかし、そのなかで、このような「新しいもの」を歌ったものは、いまだかつてなかった、といっていい。

 共通の感情
 ところで、詩の翻訳は可能か、という問題が、ときおり論議にのぼっているようである。これはなかなかむずかしい問題のようだ。わたしの場合についていえば、詩の翻訳の可能をめざして、翻訳をこころみている、ということになろうか。
 それはともかく、ひとが外国語の詩を外国語でよんで感動する、ということがある以上、外国語の詩を母国語に翻訳しようとする試みは、これからもやはりつづけられるであろう。それはひとり日本においてだけではない。一九三三年、アラゴンは、エルザとの共訳で、マヤコフスキーの詩「声をかぎりに」をフランス語に訳したとき」こう書いている。
 「マヤコフスキーの場合のように、翻訳の役割がこれほどにもドラマチックだったことはかつてなかった。それはほかならぬ、偉大な社会革命における最も高度な詩的表現に到達し、この革命にその天才を奉仕させた、ひとりの人間にかかわっているからである。ソヴエト同盟のそとから、さぐるようなまなざしを、じつと共産主義革命に向けているすべての詩人たちにとって、このマヤコフスキーの模範は、無類の価値と効力とをもっているのである・・・」
 ここでは、詩の翻訳は可能かどうかということは、ほとんど問題となっていない。詩の翻訳の役割が、のっけから強調されているのである。世界の詩人たちの、それぞれの国語のちがいを越えて、そこに共通のことばがあり、共通の思想、共通の感情、共通の目的があり、詩人たちのあいだに連帯の精神があり、詩を武器としての共同のたたかいがあるとき、詩の翻訳の役割はなくならないだろう。

 すばらしい
 じっさい、一九三〇年代、マヤコフスキーが全世界の進歩的・革命的詩人たちに与えたひろく深い影響をおもいみるとき、マヤコフスキーの詩の翻訳がはたした役割を無視することはできないだろう。おなじようなことが、アラゴン、エリュアール、ネルーダ、ヒクメットなどの詩人たちについてもいえるだろう。
 ところで、エルザ・アラゴンの共訳になる「声をかぎりに」を、わたしは読んでいないが、きっとすばらしいものにちがいない。エルザは少女時代からマヤコフスキーの友だちであり、詩をいち早く理解し発見したひとりであり、その上、アラゴンという共訳者を得たのだから、「声を限りに」という詩は、フランス語への、この上もなくすぐれた、よい訳者を見いだしたということになる。
(おおしま ひろみつ 詩人)

<『赤旗』1973.10>

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