アラゴン「口先の言葉だけではない 愛」

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  口先の言葉だけではない 愛
                      ルイ・アラゴン

ああ 息をひきとる 最期のときまで
あのひよわな 暗いこころでいるのなら
ひとはただ おのれの影でしかないのだ
どうしてどうして そんなままでいられよう
どうしてひとを愛することなど できよう
そんな胸を噛む苦しみをどう名づけたらよかろう

あの ほろりとさせる 手ぶり身ぶりで
おまえが髪をゆうときのような しぐさで
わたしの前に 現われてくれたおかげで
わたしは生れ変わり 歌のわきあがる世界を
わたしはまた 見つけ出すことができたのだ
エルザよ 愛するひとよ わたしの青春よ

おお 萄葡酒(さけ)のように甘く つよいおまえ
窓にさしこむ 陽(ひ)の光りのような おまえ
おまえのおかげで わたしはとりもどしたのだ
この世への愛着を──深い渇きと飢えで
また生きつづける力を──われらの物語を
その終りまで 生きて見とどける力を

まるで奇跡のようだ おまえといっしょにいるのは
おまえの頬のうえに かがよう光りは
おまえのまわりで 吹きたわむれる風は
いまでも おまえを見れば 身がふるえる
むかしの わたしにも似た若ものが
はじめて 逢曳きをする 時のように

いつまでも おまえと慣(な)れっこになれぬとて
どうか わたしを責めたてないでおくれ
ひとは 炎に慣(な)れっこになれるだろうか
そのまえに 炎はひとを焼きこがしてしまう
もしもわたしが 黒雲などに慣(な)れてしまったら
ゎたしのたましいの眼をえぐりとっておくれ

ほじめて おまえの口にふれたとき
はじめて おまえの声を聞いたとき
樹は その根株まで ふるえたのだ
張った枝葉から 茂みのいただきまで〉
ふと 通りすがりのおまえの服にふれると
いまでもやはり はじめてのようだ

このときめく 重い果実(このみ)をもぎとっておくれ
虫に喰われたその半分は 投げ捨てておくれ
空しく失った三十年と そのあとの三十年と
おまえは よい部分(ところ)だけ たべるがいい
おまえが噛んで たべられるかぎりを
それがおまえに差し出すわたしの人生(いのち)なのだ
わたしの人生は 始まるのだ
おまえにめぐり会った その日から
おまえは その腕で ふさいでくれた
わたしの狂気が つっ走る 泥道を
そうしてわたしに さし示してくれたのだ
あの 人間の善意だけが 種子(たね)まく国を
おまえの酒は わたしの乱れた心から
もろもろの悪熱(おねつ)を とりのけてくれた
そして わたしは クリスマスに燃え上った
おまえの指のなかの 杜松(ねず)の実のように
わたしは ほんとにおまえの唇から生れた
わたしの生活は おまえから始まる

(『抵抗と愛の讃歌』─「未完の物語」)
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