アラゴン「わたしは あの頃の情熱や・・・」

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 わたしは あの頃の情熱や・・・
                       ルイ・アラゴン

わたしは あの頃の情熱や 友だちのことを
できるものなら 映像ぬきで語りたい
  あの世界や そこに並んだ顔などを
  廿代(はたち)の色あいで 描きたい

過去を思い描き しんぼう強く歩き直して
むかしの道すじを も一ど描いてみたい
  パリの町の はじからはじへ
  夜とわれら自身の はじからはじへ

ほおけた眼で どきどきする胸で 燃える頭で
自分たちのつくり出した流儀に とりつかれて
  自分じしんとの賭に やつれはてて
  われらが たどった足跡を

ほかの人たちが 言わぬことを われらは
大声で叫んだ 太陽には侮辱を 法には挑戦を
  罵倒には 罵倒でやり返えし
  哲学には 夢で立ち向った

藁くずと言葉だけの 気ちがいじみた世界
わたしには 錯乱と生活の見さかいがつかなかった
  わたしのたどった道ばたには
  とっぴな草ぐさが生えていた

あの頃を思い浮べても もうよくはわからない
もう燃えていない者には 炎も所置なしなのだ
  思い出は あとに残った灰でしかない
  わたしの猿まねをする 壁の上の影でしかない

あの若い頃を いまふり返ってみても
もう あの気ちがいじみたしぐさは 思い出せぬ
  いろんな光の 入りみだれる中で
  一瞬 われらが演じたあの身ぶりは

われらは みんな離ればなれになったとはいえ
おお あの頃の友らよ わたしが思い浮べるのは君らだ
  ふるえる わたしの記憶のなかで
  きみらは むかしながらの眼(まな)ざしをしている

われわれは一つのパンを分け合うように青春をわけ合った
とどのつまり それはすばらしい春だった
  正しかったことも まちがったことも
  もうどうでもいいのだ むかしの友らよ

時がたって われらが変貌したことを 認めねばなるまい
嵐は遠くすぎ去った 憎しみも消えうせた
  空はまた 明るく晴れわたって
  夜は 朝に席をゆずるのだ

それらすべてが われらには皮肉に見えようと
始まってる未来は われらを永遠に結びつけるのだ
  われらの五月の月にみちみちた物語を
  みんなが 語り草にしているのだから

(『未完の物語』)
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コメント
この記事へのコメント
アラゴンの詩は現代の問題をも鋭くついていますね。4行でリズムがあり心に響きます。
2012/10/21(日) 06:08 | URL | 梅津 #-[ 編集]
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