アラゴン「悪魔の美しさ」

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 悪魔の美しさ
                   ルイ・アラゴン

若者よ 時は きみたちの前を逃げさる馬のようなものだ
たて髪をつかんで 両膝で馬を抑え馴(な)らせば
あとにはもう 馬の蹄の音しか 聞こえず
新しい闘いが始まれば 結末など考えてはいられぬ

若者よ 時は きみたちの前にある 早めのご馳走のようなものだ
宴会が約束されているからには 選ぶほかはない
テーブル掛は まっ白で 酒を飲むにも気がひける
しかも 結婚の披露宴のあとには むごい戦場が待っている

移りゆく季節で 時をはかるような者は もう老人だ
振り返って ただ うしろを見つめるしかすべがないので
車が廻わり 遺骸が腐るような この変化にひとは茫然(ぼうぜん)とする
春ごとに若葉が萌えて われらの眼から地平線をおおい隠してしまう

若者よ きみたちの前途は洋々として しかも短かい
こんな月並みなことを言って まったくなんの役に立とう
さあ 眼の前の時をつかみ給え 二度と歌われぬ繰返し〈リフレーン)のような
自由気ままな空のような 「永遠にさよなら」を言う女のような時を

若者よ とある夕べ きみは庭のくぐり戸を押して 門口を出て
いまや 燕たちの黒い尾っぽのあとを 追ってゆく
きみはとたんに この世の広大さを 腕の中に感じ
自分の力がみなぎり 急にすべてが 可能だと感じる

きみの眼を大きく見開いて この瞬間をとり逃がさぬがいい
ぱっと開けた風景に きみがあげる歓声が聞こえるようだ
その笑い声や足音の中に むかしの自分の足音が聞こえるようだ
かつての遊び戯れたざわめきも いまは闘いの雄叫びとなる

むかしもまた こいびとをもつことから始まった
河をわたる橋にも似た あの女の肩の魅惑
大きな試練にうち勝った時の あの大きな喜び
夜は 耳新しい声で ひときわ奥深いものとなる

夜明けには 鏡の中の自分の姿も よくわからない
生活が始まる前に 清(すが)すがしい街中に降り立つがいい
消えがての靄の中に 消えうせた過去が震えている
吹くそよ風が 夜の最後の名残りを 吹き払ってしまう

いまや きみだけに 輝かしいものが与えられる時だ
ひとの言葉が 忽ち自分の心を奪うように見える時だ
時はいま きみにほほえみかける 通りすがりの女の眼のように
見たまえ 一日がなつかしげに 君の方にやってくる

 火花よ 散れ 躍れ
 若者たちの 眼の中に
 潮は満ちて うねりは高い
 相も変らず 危険は迫り
 相も変らず 幸福は脅かされ
 相も変らず くじ引きだ
 手にはいるのは 薔薇だけで
 ふくらんだ財布は からになる
 相も変らず 空は濁った水の中
 そんなものは 消えてなくなれ
 相も変らず 乗るか そるか
 もうたくさんだ ということはない

束の間の 春の日の値うちが分るのは ずっと年とった後のこと
だんだんに薄れてゆく あの春の香りを わたしは思い出す
眼をこらせば あのめくるめいた心が も一度 見出せようが
若者たちの青春絵図をみて 自分の青春を思い出すのだ
  わたしは思い出すのだ

(『未完の物語』)

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