ふるさと

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 ふるさと
               小林その

イ・ジェホさん
おめでとう 結婚したって聞きました
一人息子の結婚をどんなにか喜んでいらっしやるでしょう
数年まえから心臓の調子が悪いと聞いていますが
お母さん如何ですか ふくよかな笑顔が浮かんできます
お嫁さんはどんなひと?
日本語で話せますか?
結婚祝いを持って会いに行こうかな
いつもの仲間をいっぱい誘って ソウルまで

大学生だつたイ・ジェホさんが
語学留学で長野に来て
松代大本営と出会い私たちと出会い
沢山の人と
本当に沢山の人たちと出会いましたねえ

生まれ育った松代に
「だいほんえい」と呼ばれている大きな穴があって
子供の頃から探検ごっこで遊びました
暗い洞穴
時々コウモリがスーと飛び出していったり
どこまで続いているのかこの暗闇
土砂で埋まり崩れて行き止まりかと思うと
天井まで二メートルほどもある空間があったり
結局 怖くなつて後戻りするのがいつものことでした
大人たちもその穴の話になると歯切れが悪く
おおきな声で話してはいけないことだと教えられたのです

松代大本営地下壕を
暗闇から引き出したのは高校生でした
沖縄の修学旅行から帰った一人の生徒が
「こんな地下壕なら家の近くにもある」
その一言が
光の種子をまくことになったのです
種のまま発芽しないものが多い中で
奇跡のように芽を出して
芽は伸び続けて
二〇年を越える事になりました

「あんな穴埋めちまえ」そんな声もあった中で
高校生たちが平和祈念館を作ろうと呼びかけて
平和祈念館に建設募金が寄せられました
祈念館建設予定地の清掃活動も始めました
すると
「高校生たちを見て吸い殻のポイ捨てをやめた」と
土建屋の社長さんが 祈念館を造るまでと言って
事務所を貸してくれたのです
三〇坪の新しい事務所 家賃無し
「機会さえあれば 善意を発揮してくれる人はいる」
合い言葉のようになりました

大本営地下壕は負の遺産です
植民地、他民族を支配した残念な歴史の汚点です
「天皇陛下がおいでになるはずだった町」で
戦中、戦後生きた人たちは
地下壕の暗闇に投げ出されました

「エイヘイヤー エイヘイヤー エイヘイヤー
エイヘイヤーと
暗い夜道をカンテラを振り振り
大声で歌いながら
飯場から引き上げて行く
朝鮮のしょう(人)はそれは賑やかなもんだった」
当時を知るお年寄り話は
セピア色した映画が
カラー映画に変わった瞬間でした

「飯場で働いていた朝鮮の人たちは
植民地支配のもと
困難を極める労働量と差別・偏見の中で暮らしていた
貧困と惨めさとの中で暮らしていた
可哀想なひとたちだった」

それこそが事実を見ようともしていなかった
自分のすがたでした
その一つ一つが事実
もっともっと見なければ
もっと知らなければと思っています

村のあちこちに
アンネのバラが植えられ
ムクゲの花街道が創られています
地下壕の見学者が年間二〇万人を越えました
でも
歴史の事実をひっくり返そうとする動きも
後を絶ちません
松代大本営平和祈念館はまだできていません
私は松代が好きです
大本営地下壕を抱えて
新しい歴史創ろうとしているこの町は
「千曲川」の流れる美しい町です

イ・ジェホさん
結婚祝はなにが良いですか

<『狼煙』70号>
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コメント
この記事へのコメント
横浜詩人会議一行が大変お世話になりました。長野詩人会議のみなさんの作品も大島博光さんの意志を継いだものが多く感動しました。平和活動をコツコツされており学びました。私の地元の旭区の9条の会もいつか松代大本営へ学びに行くと思います。その折りは又寄ります。
2012/10/17(水) 20:17 | URL | 梅津 #-[ 編集]
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