スペイン戦争とゲルニカの誕生(上)

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スペイン戦争とゲルニカの誕生
 
スペイン戦争が始まる

 一九三六年の夏、突如として政治がピカソの生活のなかへ闖入(ちんにゅう)してくる。祖国スペイン共和国にたいするフランコ・ファシスト軍の反乱が始まったのである。「ひづめの割れた、悪魔の足をした、蒼黒い」(ネルーダ)古きスペインは死に絶えてはいなかったのだ。ピカソは共和国を支持し、そこに希望を託していた。
 共和国政府によってプラド美術館長に任命されていたピカソは、祖国の至宝たるプラドの芸術作品を安全に保存するため、これを疎開させた。一九三七年六月、フランコ将軍がプラド美術館を爆撃すると、ピカソはこれを非難告発して言う。
 「プラド美術館から救出された絵画が、バレンシアでどんな状態にあるかを、わたしは見た。スペイン絵画を救ったのはスペイン人民だということを、世界は知るにちがいない」
 ピカソはプラド美術館長のポストを名誉として受諾していたが、それだけでは充分だと思わなかった。ファシスト軍と闘うスペイン人民の悲惨、窮乏、苦境にたいして、ピカソは自分のもっている全手段をもって応える。ファシストの恐るべき犯罪、勝ちほこった「野獣」のふりまく恐怖を前にして、彼は怒りの声をあげ、この悲劇の残酷さ、むごたらしさを、その天才をもって描きだすことになる。また内戦の犠牲となったスペインの子供たちを支援するため、ピカソは多くの絵を売って、多額の義捐金をいく度も贈った。
 祖国スペインで始まった悲劇はただちにピカソの芸術に影響をあたえたというわけではない。スペイン人民の恐るべき悲劇にたいして、おのれの芸術をもって対応するためには、準備の時と、それにふさわしい絵画的表現法を見いだすことが必要だった。
 こんにちでは、それは「ゲルニカ」というかたちをとって明白に見えるが、それはピカソがその解決をわれわれに提出して見せてくれているからである。しかし、一九三六年にはまだそういうわけにはゆかなかった。人びとはゴヤをまねることを彼にすすめたが、そんなことはピカソにとって問題にならなかった。戦争画家のように、自分の絵画のなかに戦争をそのまま描くことは問題ではなく、自分の絵画が闘争を始めねばならない。怒りにふるえるおのれの全人間感情をこめて、おのれのイメージで、おのれの叫びで、この悲劇の本質を抉りださなければならない。それがピカソの問題であった。
 この年の夏、ピカソは南仏カンヌの後方の丘にあるムージャンに避暑に出かけた。エリュアール夫妻、マン・レイ、それから新しい恋人ドラ・マールなどがそこに合流する。
 八月十九日、グラナダでガルシーア・ロルカが銃殺されたというニュースがとどく。
 スペインでは政治的緊張はさらに高まって、いまや国際義勇軍までが戦線で戦っている。
 エリュアールは、シュルレアリストたちにとってタブーだった「状況の詩」──「一九三六年十一月」を書く。

 見るがいい 廃嘘をつくりだすやつらの働きぶりを
 やつらは金もちで辛抱強く整然としていて陰険でけだものだ
 しかもやつらは 地上でやつらだけになるために全力をあげている
 やつらは人間のはしくれで 人間に汚物を浴びせる
 やつらは からっぽの宮殿を 地面すれすれに折り曲げる・・・

 この詩はルイ・バロの紹介で、共産党の機関紙「ユマニテ」(一九三六年十一月十七日付)に掲載されると、たちまち大きな反響をよんだ。当時まだ党の外にいたエリュアールは、シュルレアリストたちの閉じこもっていた内部世界から抜けでて、反ファシスト闘争に連帯を示したのである。
 ピカソは親友エリュアールのこの詩にたいへん感動した。この詩は高い芸術性と歴史的政治的主題とが矛盾なく両立しうることを証明していた。それに刺戟されて、ピカソは一九三七年一月の初め「フランコの夢と嘘」という詩を書き、それに一連のつづきの版画を彫り、添えた。
 「・・・子供たちの叫び 女たちの叫び 小鳥たちの叫び 花たちの叫び 木組みと石たちの叫び 煉瓦の叫び 家具のベッドの椅子のカーテンの瓶の猫たちの紙たちの叫び たがいに引掻きあう匂いたちの叫び 首を刺す煙の叫び 大釜のなかで煮える叫びたち・・・」
 この詩は、その発想、言葉のつながりにおいて自動記述的(オートマテイック)であるが、その主題は政治的であって、フランコを告発し、フランコがスペインにおしつけている大いなる不幸を表現している。
 ピカソは、エリュアールとはちがった流儀で、おのれの芸術手法と、スペイン人民支援の意志とをむすびつけたのである。
 一連の版画で、フランコは気味のわるい蛸のような怪物として描かれ、笑う太陽のもと、虱の描かれた幟(のばり)をもって戦争に出かける。ついで巨大なペニスにまたがって、綱渡りする・・・さらに、つづき漫画のようにつづくデッサンのなかに、怪物フランコの冒険物語が描かれる。そこには腹を抉られた馬、怪物の王冠を突き落とす牡牛、断末魔の叫びをあげる女たちが現われる。ここでピカソは痛烈な風刺をもって、フランコをきわめて卑猥な、胸の悪くなるようなイメージに描いている。またここでは、牡牛は正義の象徴として措かれ、スペイン人民の英雄主義の象徴として描かれている。ピカソは牡牛や馬を、自分の創作活動のなかに現われてきたままに捉えている。したがってミノトールとおなじように、牡牛や馬はつねに善と悪のいずれかにわかれているとは限らない。
 その後、スペイン共和国支援のためにそれらの版画は絵はがきとなって売られるようになる。

<新日本新書「ピカソ」>

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