今はただ眼を瞑ずるべき時である──軽井沢日記(昭和19年)

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9月9日
 ヴァレリイ の『海辺の墓地』を訳したり、キエルケゴールの『饗宴』を訳してゐながら、絶えずわが脳裡に去来するのは詩と詩人の場所の問題である。詩人の位置といふべきか。
 詩には、その魅惑と無限と未知とが歌はれ、詩はそれらを与へる。詩はひとを豊かにしてくれる。それが詩の、美の救ひである。詩は酩酊をも与へる。
 しかし、詩に認識が優位に登場してくると、詩は忽ち虚無をあばいてしまふ。詩が美から逸脱して、無を喚起するや否や、もう詩は救いではない。キエルケゴールが詩を──美的なるものを通過して、宗教的なるものを究極に置いたのは、この間の事情によるのであらう。
 詩人はふと、美を離れるや否や、このやうな無のただなかに裸のまま投げ出される。創造することをやめるや否や、詩人は翼を失ったもののごとく、倦怠の中に沈んでゐる。詩作を色どってゐた神秘も、彼自身が喚起した神秘もそこではもう演奏を終了してしまった音楽のやうに、はかない余韻を残してゐるだけである。回想さへも無力に背後に退いてゐる。この無の深淵をどうしたらよいのか?この深淵の彼方に行くべき目標もなく、越えるべき信仰の跳躍しない時には、それを忘れるか、そこから身をひるがへして退くほかない。私はただ自己の内部の底に嗟嘆の洩るるを聴くのみである。私は救ひなく、たじろんでゐるのみだ。詩の薄明に包まれてゐた孤独が、今はこのやうな寒々とした極地の孤独にまで進められてしまったのだ。このやうな孤独の中になほとどまらねばならぬのか!しかし、詩人はやがてかうした深淵から踵を返して美へと戻ってゆくのだ。それが彼の宿命なのだ。このやうな無と直面した孤独の中に、孤独に立ってゐるものには、何ものも語りかけないし、誰も答えてはくれぬ。たとへ答えてくれたとて、この無に憑かれたものには、それが何にならう?神をもたざるものはこの苦悩を自ら背負はねばならぬ。・・・
≪今はただ眠りたいと思ふ≫ヘルダーリンの言葉も、ここにある。
 ヤスパースは芸術を実存と神秘主義との中間領域として規定し、≪無時間的に沈み切ってゐる神秘主義と時間的な実存の事実的現在との間の一つの世界≫と言ってゐる。
 ハイデッガーは、詩人は神と人間の中間に投げ出されてゐる、と言ふ。
 詩が自己充足の小宇宙と呼ばれながら、なほこのやうな中間的領域にあることは如何に理解さるべきなのか。
 詩人は自己の創造せる詩的宇宙を出づるや否や、このやうな中間の世界にひとり自己を見出すのである。日常への侮蔑と厭悪の故に、あのひとびとの笑ひさざめいてゐる現実からも遠く離れ、ひとたび眼醒めれば、上方には永遠に沈黙した天空があり、下方には、無の深淵が口を開いてゐるのだ。≪今はただ眠りたいと思ふ≫といふヘルダーリンの言葉はこのやうな時に語られたに相違ない。さうだ 今は眠りにはいるよりほかないのだ。
 しかし、これは詩人が神秘家の領域に歩み寄った結果であるかも知れぬ。詩人はやはり美の中にうっとり夢みてゐるべきなのだ。私の中の≪弱き者≫が、或ひは詩人を越えて こんな世界にさまよひでたのである。私の中には、ヴァレリイとヴァレリイが攻撃したパスカルとが共存してゐるやうだ・・・もう私にも、スコルピオンやサジテエルの懸かってゐる初秋の夜空も、宇宙の音楽を聴かせてはくれぬ。天空の宴(ほがひ)もその背後に無を隠してゐるのだ・・・しかし、今はただ眼を瞑ずるべき時である。
<ノート戦前-S19>

*「五月七日 軽井沢沓掛の宿にて」から始まった昭和十九年の日記はここで中断され、最後の「12月29日 遠き世界のひびき、神秘のひびきを獲得して・・・」で終わります。この間、10月20日に前橋の鈴木静江あてに最初の手紙を書いています。「九月・十月は、もう釣ばかりしてゐて、読書もせず、筆ももたないやうな日々です。ゴオガンがタヒチへ逃れたやうに、私は釣の中へ逃れてゐるのです。しかし、釣などには如何なる芸術的収穫もないやうです。完全な忘却─素朴な期待による時間の意識の喪失があるばかりです。詩の方へ戻って行かねばなりませんが、その詩が私にはもう袋路のやうに行きつまってしまってゐるのです。・・・」
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