ドキュメンタリー映画「放射線を浴びた『X年後』」

ここでは、「ドキュメンタリー映画「放射線を浴びた『X年後』」」 に関する記事を紹介しています。
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米国は一九五四年、太平洋のビキニ環礁などで、六回もの水爆実験を繰り返した。無線長だった久保山愛吉さんが亡くなった「第五福竜丸」以外にも、多くの日本の漁船が「死の灰」を浴びたことはほとんど知られていない。
▼米国の原子力委員会の機密文書からは、日本全土が核実験の死の灰で覆われていた実態も明らかになる。
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南海放送(松山市)が制作したドキュメンタリーについて、東京新聞のコラム「筆洗」(2012年9月13日)で紹介しています。

この映画の公式サイトにカトリック中央協議会・広報の推薦文が載っていました。


カトリック中央協議会・広報推薦
≪推薦理由≫
「東日本大震災」による福島第一原発の放射能事故から1年半。深刻な健康被害、環境汚染、被災地住民への言われなき差別は、いまだ終息のきざしすら見えず、被災者を先の見えない苦しみに突き落としている。この甚大な放射能汚染に遡ること57年前の1954年。南海のビキニ環礁で、アメリカによる水爆実験が5回にわたり行なわれた。

これについては第五福竜丸の被ばくが有名だが、ほとんど知られていないもう一つの被ばくがあった。この海域で何も知らず操業していたマグロ漁船や貨物船の乗組員が「死の灰」を大量に浴びていたのだ。本作品は高知県を拠点に、歴史の闇に埋もれていたまぐろ漁船員の被ばくの実態を調査してきた高校教師と生徒たちの活動を知った南海放送のテレビマンが、8年にわたって過去の放射能被害と関係者のその後、日米両政府の間で交された「機密文書」を掘り起こして検証した、驚くべき歴史の真相である。「死の灰」を浴びた働き盛りの海の男たちが、40代、50代の若さでガンや心臓疾患によって次々に亡くなっていく。焼き場で夫の遺骨を拾った妻の証言、「他の人の骨はすっきり残っちょるけん、うちのお父さんのはぐちゃぐちゃになっとった」には戦慄を覚える。

こうした恐るべき放射線被害に対してアメリカは、200万ドルの賠償金で日本政府を黙らせる。漁業組合に渡された見舞金も「まぐろの町・高知」の漁業振興のために使われ、遺族のもとには入らなかったという。そして汚染されたマグロが堂々と日本の家庭の食卓に上り続けていたという驚愕の事実。なぜ声を挙げなかったのか。「あんたら今、こんな時代じゃけんそんなことを言えるが、(当時)ひとことでも言ったらここでは生きていけんじゃった。あん時代、日本は石炭とさかなで立て直すほかなかったけん」、敗戦後まだ9年、「日本が(赤ん坊のように)やっとつかまり立ちした頃じゃけん(何も言えなかった)」、「いっつの時代も損をするのは弱い者ばっかりよ」。夫を亡くした妻たちのこれらの言葉は、現代の評論家先生の「高説」よりはるかに正鵠(せいこく)を突く。

ささやかな幸せや安全な自然環境より、経済や効率、スピードを最優先するその構図は、福島第一原発の放射能汚染に呻吟する福島の人々の苦しみとオーバーラップする。腰を据えて日本の座標軸を構築しなければならない今、本作品はその基礎資料ともなる必見の映画である。
以上の理由から、ドキュメンタリー映画「放射線を浴びた『X年後』」をカトリック中央協議会・広報として推薦します。


今年1月にテレビ放送されたものを見て衝撃を受け、これを広げたいと書き起こした方がいました。<日本テレビ NNNドキュメント「放射線を浴びたX年後 ビキニ水爆実験、そして」書き起こししました!>
ぜひ見てみたいと思いました。上映運動がおこることを期待したいです。


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