人民のチリよ ネルーダの祖国よ

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ネルーダ

人民のチリよ ネルーダの祖国よ
                             大島博光

 世界憤激

 チリの人民連合攻府にくわえられたファッショ的暴挙は、いま全世界に憤激と抗議の波を呼びおこし、チリ人民にたいする連帯支援の行動とデモが、世界じゅうでもりあがっている。報道によれば、首都サンチアゴの二つのサッカー・スタジアムも監獄に早変わりして、そこには数千にのぼる進歩的な労働者市民が閉じこめられ、そのなかには、チリの生んだ偉大な革命詩人で、ノーベル文学賞を受賞した、パブロ・ネルーダもふくまれているということである。しかも、人民にたいする血の処刑、虐殺がぞくぞくおこなわれているともいう。ネルーダの身の上が案じられる。思えば、ネルーダの生涯は、まことに波乱にみちたものであった。
 一九三四年、すでにモダニズムの新鋭詩人の名声を獲得していた、三十歳のネルーダは、領事としてスペインのマドリードに赴任した。かれは、ロルカ、エルナンデス、アルベルティなどのスペインの詩人たちに歓迎され、いっしょに詩の雑誌を出し、また、生まれたばかりのスペイン共和国のあけぼのと未来のために、いっしょに乾杯した。だが、詩人たちの祭りの日は長くはなかった。一九三六年七月、ヒットラーとムッソリーニに支援された、ファシスト・フランコによる反乱が起こり、それはスペイン戦争へと拡大したからである。親友のガルシーア・ロルカは、いち早くファシストの手に落ちて銃殺された。荒れくるうファシズムの嵐をまのあたりに見て、ネルーダは最初のヒューマニズムの叫びをあげる。

 悪党どもは飛行機をもち モール人たちを連れ
 悪党どもは指環をはめ 公爵夫人たちを連れ
 悪党どもは祈りをあげ 黒衣の坊主どもを連れ
 悪党どもは空の高みからやってきて 子供たちを殺した
 街じゅうに子供たちの血が
 子供の血として素朴に流れた

 来て見てくれ 街街に流れてる血を
 来て見てくれ 街街に流れてる
 この血を! 
 (『心のなかのスペイン』)

 亡命生活

 ネルーダが、マドリードとスペインのために挙げたこの叫びは、いまや、そのまま、かれの祖国チリとサンチアゴのために挙げられなければならない。そして、いまにして思えば、このスペイン人民戦線政府が、国際的なファシスト軍のためにおし殺された運命は、こんどのチリ人民連合政府がこうむったクーデターへとつながっていたかのようでもある。歴史はファシストのこの暴虐を怒りをもって記録するだろう。
 その後、一九四六年、ネルーダは、チリ共産党の公認のもとに、上院議員に選出され、共産党に入党する。時の大統領ヴィデラが、アメリカ帝国主義への奉仕政策をとり、民主的な自由をふみにじり、祖国の利益と人民の信頼をうらぎるにいたると、ネルーダは上院で、ヴィデラの裏切りを告発し、弾劾(だんがい)した。そのために、かれは長い地下生活と亡命生活をつづけなげればならなかった。

 人民連舎

 チリに、ついに、人民連合政府が、民主的な選挙という平和的な手続きのもとに生まれた。ネルーダは駐フランス大使としてパリに赴任し、一九七一年度のノーベル文学賞は、かれの頭上にかがやいた。ようやく、ネルーダとチリに、春がやってきたのだった。しかし、この春もまた長くはつづかなかった。アメリカ帝国主義に支援されたチリのファッショ的な軍事クーデターによって、この春も葬りさられた。次の春をめざすたたかいが、弾圧下ですでに開始されている。
 一九六五年の春、太平洋岸にあったネルーダの家、「イスラ・ネグラ」(黒い島)荘が、チリ大地震のためにくずれ去った。それを機会に、アラゴンは、「パブロ・ネルーダヘの悲歌」という一連の詩をかいて、かれに贈った。そのなかに、つぎのような詩句がある。

 われわれは夜の人間だが 心に太陽をもっているのだ

 あかあかと明けそめたかに見えたチリの夜は、いまやふたたび濃く、深く、むごたらしくなりつつある。暴力の手は、「心のなかの太陽」をも──いや「心のなかの太陽」をこそ、奪いさり、消し去しさり、撃ち殺そうとしているのである。
 しかし、ネルーダがチリ人民のために歌った厖大(ぼうだい)な詩と高らかな歌声とは、チリ人民の抵抗のうたがとだえることのないように、どのような嵐によっても消しさることも奪いとることできないだろう。

 勝利確信

 「一〇〇の愛のソネット」(一九六〇年)のなかで、かれは歌っている。

 おまえがおれを愛してくれたこの時代も過ぎさり
 青い時代がやってきて それにとって代るだろう
 おんなじ骨のうえに ちがった肌がやってきて
 ちがった眼たちが この世の春を見るだろう

 おれたちをふん縛った奴らは ひとりもいないだろう
 はかない煙りを相手にした奴らも いないだろう
 暴君どもや 闇商人や かげろうのたぐいは
 この星のうえに もう うごめかぬだろう

 鼻眼鏡をかけた 残忍な神神も いないだろう
 本を手にした 毛むくじゃらな 肉食獣も
 あぶら虫や ごきぶりの類(たぐい)も いないだろう

 ついに世界が 洗い清められるだろう その時
 新しい眼たちが 泉のなかから生れてくるだろう
 もう涙を流す者はなく 麦が新しい芽を出すだろう

 このような、現実をふくむと同時に、革命的ロマンチィスムにあふれたネルーダの歌声は、これからもチリ人民をはげましつづけるだろう。
 (おおしま ひろみつ 詩人)

<『赤旗』1973.9.20>

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