切り落とされた指──ビクトル・ハラの死について

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切り落とされた指

民衆と歌とに敵対した その虎は死ぬだろう
  ビクトル・ハラの死について           大島博光

 ある「短編映画」

 こんど機会があって、「虎が とびかかった そして殺した しかし その虎は 死ぬであろう 死ぬであろう」という原題の短編映画をみることができた。これは、キューバの映画監督サンチアゴ・アルバレスによってキューバで製作された映画で、昨年おこなわれた第十六回ライプチヒ国際記録・短編映画週間の審査員特別賞を受賞している。この短い映画は、こんどのチリのクーデターで虐殺された歌手ビクトル・ハラを、四つのたたかいの歌で追悼し、かれの生前の姿をしのび、ファシズムの非道暴虐をあばきだして、抵抗を呼びかけているのである。
 サンチアゴ街頭の銃弾による弾圧の場面は、ブラジル、コロンビア、ベトナム、インドネシアなどにおける、一連の血の弾圧のスナップとダブリ、むすびついて、チリ・クーデターの本質、ファシズムの正体をきわめて短い画面で、みごとにあばきだしている。そしてわたしはあらためて、身の毛のよだつようなファシストの暴虐ぶりを思い知らされたのである。

 拷問 そして虐殺

 チリ・クーデター以来、虐殺された死者は、一万五千人から八万人におよぶといわれ、正確な数はチリに民主主義がもどる日までわからないだろうといわれている。その虐殺された人たちのなかには、たくさんの芸術家やジャーナリストたちもふくまれており、ビクトル・ハラもそのひとりだったのである。
 じつはわたしは、いままでビクトル・ハラについてはなにも知らなかったのだが、かれはチリではむろんのこと、ラテンアメリカでも有名な歌手であり、ギター奏者であり、ネルーダの詩などにも作曲している、すぐれた作曲家あった。かれの歌ったレコードは、日本でも売られている(東芝ステレオOP80219、OP80340)。そしてチリ共産党員であったかれは人民連合政府のもとで花咲きはじめた、新しい文化運動の積極的な活動家であった。だからこそ、かれはファシストどもの憎悪のまととなり、残酷きわまる拷問ののちに虐殺されたのである。手もとの解説によると、映画のタイトルはつぎのようにいう──

 かれの手はうち砕かれた 二度とギターがひけぬように
 かれの脳天はぶち割られた その思想を殺すために
 かれの血は流された 燃え上がる心を消しさるために

 事実、ギター奏者でもあったかれは、あの強制収容所に変えられたサンチアゴ・サッカー競技場で、両手の指を切り落とされ、そのあと銃殺されたのだった。強制収容所の所長(軍人)は、六千人の政治囚の目のまえで、こういうむごい犯行を演じて見せたのである。このおそるべき光景を目撃したカべザスという作家の証言は、すでに三月十日付の「赤旗」日曜版に報じられているが、わたしはそれをもう一度ここに引用せずにはいられない。

 歌は響きわたる

 「所長は四人の兵士を呼び、舞台の中央にテーブルを運ぶよう命じた。ビクトルはそこへ連れていかれた。『テーブルの上に手をのせろ』と司令官がいった。かれはおのを握りしめていた。その一撃で左手の指が切断され、つぎの一撃で右手の指が切断された。指が木造のゆかに落ちる音がした。
 ビタトルはばったり倒れた。息をころして、この光景を見ていた六千人の拘留者がいっせいにうめき声をあげた。
 この一万二千の目は、司令官が『さあ歌え、おっかあのために歌え』と叫んで、ビクトルにとびかかるのを見た。
 突然、ビクトルはよろめきながら立ち上がった。やがて、まっすぐに立つと、ポタポタ血のたれる両手を上げて、人民連合のうたを歌いだした。みんなが合唱をはじめた。
 一せい射撃が起こった。ビクトルは仲間たちにおじぎをするように、前のめりに倒れた。かれといっしょに歌っていた人びとのあいだにも銃弾が撃ち込まれた」
 それは、第二次大戦中、フランスのレジスタンスのなかで、アラゴンやエリュアールがあばきつづけた、あのナチスの冷酷無残な犯罪にも劣らない。ファシストたちが、ビクトル・ハラの、ギターをかなでる繊細な指を切り落としたとき、かれらはまさに人民の高鳴るたたかいの歌ごえを圧し殺し、燃えあがる抵抗の精神を抹殺(まっさつ)しようとしたのである。
 この映画のなかで、やはりチリで有名な女流歌手ビオレッタ・パーラーが「聖なる父はなんというだろう」という歌をうたっている。その歌はつぎのように訳ざれている。

 なんという自由を ふりまわすことか
 目のまえで自由を うばいさりがら
 なんとまあ安らぎを ぶちまくることか
 テロでみんなを おさえつけながら

   口ーマの聖なる父はなんというだろう
   平和の鳩の 首がとぶのを
            (土井 大助訳)
 見た 二つのチリ

 この歌はいま、わが国の精神状況の一側面をもまた、痛烈に風刺している。ある国から国外追放になったひとりの作家の「自由」と「収容所」については、(わたしはこの追放という処置を支持するものではないが)声高くあげつらい、まさに「自由をふりまわして」マス・ヒステリーを呼び起こそうとやっきになっている人たちがいる。しかし、チリでいま血をしたたらせている「自由」については、ひとこともきかれず、深い沈黙がまもられている。現に、残忍な拷問と虐殺がおこなわれている強制収容所については、これを見て見ぬふりをしているのである。
 かつておなじくファシストに殺されたガルシア・ロルカの死についてネルーダの語ったことばをまねて、つぎのようにいうことができよう──

 ビクトル・ハラの死とともに
 わたしたちはまざまざと見た
 相いれることのない二つのチリを
 ひずめの割れた悪魔の足をした腹黒いチリ
 ニューヨークのお仕着せをきた
 山犬どものチリ
 ITTとペプシコーラに
 祖国を売った裏切り者どものチリ
 本を焼き 音楽家の指を切り落とす 呪われたチリ──

 それに面とむかった
 誇りと勇気にかがやく人民のチリ
 アラウユの伝統をうけついで抵抗するチリ
 人民の委託を死守したアジェンデのチリ
 火山と歌声にみちたチリ
 パブロ・ネルーダとビクトル・ハラのチリ──

 なお、チリ人民連帯日本委員会と婦団連の招きで、アジェンデ夫人が来日し、チリ人民への支援を訴える集会が各地でひらかれる予定である。二十八日に東京の九段会館で開かれる「アジェンデ夫人歓迎チリ人民連帯中央集会」で、この映画も上映される。
  (おおしま ひろみつ 詩人)

<「赤旗」1974.3.24>


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