酔生夢死──軽井沢日記(昭和19年)

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千曲川

9月8日 千曲川畔にて
 久しぶりに雨が降り、釣に行くことができない。夕方を釣りで過す習慣ができてしまったので、この夕方の時間を釣に行かないでゐると、どうして過ごしてよいか、とほうにくれてしまふ。日常生活の裡でも、いつのまにか一種の時間表ができてしまって、この時間表が少し狂ってくると、もう精神も彷徨を始めるのである。釣りに行けない夕方は、まるで大きな口を開いた時間で、精神はただ倦怠してゐるよりほかを知らないでゐる。しかたないので、林檎酒を搾ったり、雨のはれまを見て、果樹園へ出たり、まだ時間があるので、この日記を書いたりする。

 今日は Valery の『海辺の墓地』の次の章を訳す。

  して御身、巨大なる魂よ、御身は夢見るや、
  今ここに、波浪(なみ)と陽火(ひ)の、肉なる眼(まみ)に織り見する
  この空し 色彩(いろどり)の消え去りゆける日の夢を?
  また御身 朧にも、かき消ゆる時 歌ふらむ?
  循(めぐ)れかし! ものなべて移ろひ過ぐる! わが生も
  滴りて落ちゆきつ、聖き焦燥(あせり)もまた死ぬる!

 この「御身」とは太陽に呼びかけてゐるのだが、知性は太陽の消滅の時を予見してゐるのだ。飽くことを知らぬ明哲な知性は、認識の果に虚無を見出すのだ。知性は虚無に突き当たらざるを得ぬ。それが知性の宿命なのだ。知性には何らの救ひもない。認識は救済ではない。絢爛たる影像を駆って織り出されたものも、一瞬 魅惑によって眼を奪ふも、背後には無の深淵が口を開いてゐる。これはまた美の宿命なのだ。美の背後に手をさしこめば、無に突き当たるのだ。無の深淵を越えるものは、遂に信仰の飛躍のほかにないであらう。
 ヴァレリイの明哲な知性も、救いないこの無を凝視してゐるやうに思われる。しかも彼は、飽くまでも神を喚ぶことなく、人間知性なる偶像の下に、英雄的に凝視めつづけ、とどまってゐる。かくて、彼の知性はむしろ、虚無を神の手からあばくことによって、そこになにか悪魔的な歓喜──最高な知的歓喜を味わってゐるやうに思はれる。ヴァレリイに、世界嫌悪の影が漂ってゐるのも、故なきではない。
 しかし、こんな一節を読むと、無の寒寒とした空気にまるで全身の力の抜けてしまふのを感ずる。その向ふへ進む気力もなくなってしまふ。さうして、かういふヴァレリイの高さも偉大さも、私にはもう悪趣味に思はれる。
(『蛇の素描』ではこの傾向は更に鮮明に烈しくなってゐる)このことは、芸術においては、真よりは美が追求さるべきことを想はせる。真もまた必ずしも救ひではない。

 酔生夢死といふ東洋的倫理を背景にした言葉がある。もしこのやうな背景を奪って、字義通りに解するならば、この言葉は忽ち詩人の深い希望につながる言葉となる。ボオドレエルが『酩酊せよ!』と叫んだとき、彼はとりもなほさず酔生夢死を叫んでゐたのであり、夢想してゐたのだ。尤も、そこには彼の深い苦悩と人生嫌悪のひびきを伴ってゐるのだが。──
*神に酔ったスピノザもゐた・・・

 そして、究極に於いて酔生夢死などは実現されえぬ。なぜなら、そこから醒めないやうな如何なる酩酊もなく、消え去らないやうな如何なる夢もないからである。またこの故にこそ酔生夢死が夢想される償ひをもつのだ。私はいくら酔生夢死を讃美しても讃美しきれない。それこそ回復された地上楽園ではないか、地上楽園の回復を叫ぶことこそ詩人の使命ではなかったか!・・・
 しかし、詩人たちの聲は、地上の楽園を喚ぶには余りに暗いひびきにみちてゐる。いつでも苦悩に色どられ、絶望の嘆きさへまじってゐる。
<ノート戦前-S19>
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