「ピカソ・デッサン」

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 一九五二年には、エリュアールはまた「ピカソ・デッサン」と題するピカソ論を書く。思えば、詩人は生涯を通じてピカソに多くの詩やエッセイをささげてきた。二人の友情についてはすでに「ゲルニカの勝利」を扱った章で触れたが、ここで少し書き足しておこう。
 エリュアールはシュールレアリスムの時代からピカソを知っていた。しかしこの詩人と画家の友情が、おたがいの創作活動の協力へと発展するのは一九三六年からである。エリュアールの詩集『豊かな眼』(一九三八年)から『ドイツ軍の集合地で』(一九四四年)『平和の顔』(一九五一年)にいたる多くの詩集は、ピカソのデッサン、油彩、石版画などの造形的な注釈によって飾られる。
 エリュアールの詩にたいするピカソの影響は、社会的現実をうたう序曲となった『民衆の薔薇』(一九三四年)から『ひとりの地平から万人の地平へ』の移行へと、だんだん強くなる。画家も詩人も人民のなかへ入ってゆく。芸術に希望を与える根本的な力、生ける真実は人民のなかにあるからである。詩人と画家はめいめいの作品において協力し、たがいに霊感を与え合う。例えば、ピカソに贈った「画家の仕事」なかで、エリユアールは画家を両刃(もろは)の剣を持った自由の化身として歌っている。

  盲人のように狂人のように
  きみは鋭い剣を突き立てる 空虚のなかに・・・

  きみは鋭い剣を突き立てた
  逆風にひるがえる旗のように・・・

 詩人と画家はおなじ言葉を語り、おなじ言葉を書き、描く。一九五二年に描かれたピカソの壁画──ヴァローリスの「平和の殿堂」の壁を飾っている「戦争」のパネルにおいては、画面の左のはじに、平和の戦士が正義の剣を右手にもって剣をまっすぐ突き立てて構えている。左手には象徴的なミネルヴァと鳩の紋章のついた楯をもって、破壊と死をあらわす不吉な戦争の柩車をおしとどめるように、これに面と向かって立ちはだかっている。<ピカソの「戦争と平和」>
 またつぎのような詩句がある。

  荒野の家の窓べの
  牡牛の耳──その家に傷ついた太陽
  一つの内なる太陽がひきこもる
           (『見せてくれる』──「パブロ・ピカソに」)

 シャルル・バシャが指摘するように、この世界にむかってそばたてた「牡牛の耳」 に、ピカソの「赤い牡牛の頭の静物」の模写を見ることができよう。「傷ついた太陽」とは「内なる眼」である。ピカソのその内なる眼について、エリユアールは書く。
 「ピカソの寛大高潔な精神は仕事によって説明される。それはすべてを見ることに熱中する視覚による仕事である。つまり、人間が理解し、認め、あるいは変形させうる、描き、描き変えうるすべてを、人間史のエクランのうえに投影することに没頭し、熱中する視覚による仕事である」 (「ピカソ・デッサン」)

  きみが眼を見開くと眼はおのれの道をゆく
  すべての年齢(とし)の自然なものたちのなかを
  きみは自然なものたちをとりいれて
  すべての時代のために種子を播く
             (「パブロ・ピカソに」)

<新日本新書『エリュアール』>
<新日本新書『エリュアール』>

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