ランボオの『イルミナシオン』(上)

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ランボオの『イルミナシオン』
                   大島博光

『イルミナシオン』には、ランボオの作品のなかでも、もっとも象徴主義的な、幻想や幻覚にみちた散文詩が多くふくまれている。『イルミナシオン』が書かれたのは、あのランボオの革命的情熱をかきたてた一八七一年のパリ・コミューンが敗北し、それにうちつずいた、ベルサイユの反革命軍によるはげしい弾圧のあれ狂った反動期においてであった。「ルーブルの宮殿を焼きはらえ」と語る文学者たちは、銃殺によっておびやかされ、沈黙せしめられていた。『イルミナシオン』に幻想的な、象徴主義的な詩の多いということ。──かってのランボオの、するどいカシャクないリアリズムが影をひそめ、あの反抗のひびきも弱まっているということは、まさにこのような反動期を反映してのことだった。そうしてこの反動期が、いかにひとりの孤独な革命的な詩人を絶望させ、その歌ごえのひびきを変えてしまい、ひろい社会的現実をとらえ歌うことから、せまい自己のうちがわえと追いやってしまったかを、それは示している。一八七二年、ランボオはベルレエヌとつれだって、ヨーロッパからロンドンえと、「居酒屋に酒をのみ、街道にビスケットをかじりながら、おれはおれで、尻をおちつける場所と生き方を見つけようとあせりながら・・・」(『放浪者』)さまよいつずけた。かれらはロンドンで、そこに亡命していた多くのコンミュンの革命家たちとも落ちあっている。このさすらいのなかで、そのときどきに、『イルミナシオン』のいくつかの詩は書きちらされたのである。
 ベルレエヌによれば、イルミナシオンということばは、英語からとられたもので、「色彩画」を意味し、ランボオじしん、その手記のなかでに、Coloured plates という副題をつけていたという。まことに『イルミナシオン』には「色ぬり画集」の名のとおり、色彩にとんだイマージュがみちみちている。しかも、それらのイマージュは、なみはずれた幻覚や幻想からうまれたものが多い。
 たとえば、『花々』という散文詩は、はなやかな感覚のあや織りであり、色彩の祭りである。

 金の階段から眺めると、──絹の飾りひも、ねずみいろの絽(ろ)、みどりのビロード、日の光りをうけて、ブロンズのように黒ずむ水晶の花盤、それらのむらがるなかに──ジキタリスが、眼をちりばめ、髪の毛をあしらった銀模様の毛氈(もうせん)のうえに、花咲いている。
 みどりのめのうのうえにまき散らされた黄いろい金貨、紺青の丸天井をささえるマホガニイの柱、白い繻子(しゅす)や紅玉(ルビー)のほそやかな鞭をたばねた花束、それらが水のほとりのばらをとりまいている。
 青い大きな眼の、雪のような姿をした神のように、海と空とは、この大理石のテラスのうえに、つよく若々しいばらの群れをひきよせている。」

 詩人は、ここで、かれにいつもつきまとっていたモラルの苦悩からときはなたれて、ひたすら「新しい花」をつくりだすことに心をかたむけ、色彩とかたちの交響楽をかなでることに熱中している。自我ぜんたいの解放ははらいのけられて、ここではただ、感覚の解放だけがはなやかにとりあげられている。そうしてここにあるのは、言葉の錬金術による純粋影像ばかりである。社会的現実から身をひいて、ただ「新しい花」の画面にむかったこのことのなかに、詩人のふかい絶望とそれによる現実からの後退がよみとられるようにおもわれる。現実からしりぞいて、うしろ向きに、閉ざされた夢えとむかうとき、そこにいつでもあらわれてくるのは象徴主義である。だが、注目すべきことは、ランボオの象徴主義がけっして観念から出発しておらず、また、なんらかの観念をよびだすことに終っていないで、いきいきとした感覚から出発しており、あるいはそのはげしい精神状態を歌いだす手だてとなっているということである。『花々』の影像も、目のまえの花や風景から感じとられた色彩やかたちから組みたてられている。しかし、つぎの『わだち』においては、目のまえの風景は、たちまち思い出の影像を詩人によびおこさせ、奇妙な幻想をくりひろげさせている。
(つづく)

<発表原稿>
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コメント
この記事へのコメント
こんにちは、二十年くらい前に、ランボーのイルミナシオンや地獄の季節、よく開いてはおりました。所詮原文では読めませんので、ずっと忘れてはいたのですが、最近の日常の苦しみのせいか、急に思い出して何となく短歌にしてみました。その短歌と、日本語の起源、言霊百神というサイト、大本のサイトそれぞれ一首づつ、合わせて短歌を三首ご紹介させて頂きます。ありがとうございます(Dankon!)

トヤさびに やみつはねたれ かむながら たまちはへませ タカマハラナヤサ

なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな

わが願ひエスペラントの歌まつり人類同胞こぞりてエルサレムの野に
2014/05/19(月) 15:19 | URL | tsuji #-[ 編集]
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