一九二八年、長野の町で見た映画『レ・ミゼラブル』

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一九二八年、博光が十八歳の頃、三里の道を自転車で行き長野の町で見た映画『レ・ミゼラブル』がフランスの文化・芸術に興味を持つきっかけになったと言っていました。(尾池和子「希望の火」)
もう一度見てみたいと言われて探しましたが、ジャン・ギャバン主演のものより以前の映画で、見つからなかった。
これが1925年アンリ・フェスクール監督の『レ・ミゼラブル』で、昨年6月に早稲田大学で上映されていたことを尾池さんが調べてわかりました。大正15年(1926年)日本封切り。
主催した早稲田大学GCOE映像コースによれば、「このアンリ・フェスクール監督版は、数あるレ・ミゼラブル映画の中でも最もよくヴィクトル・ユーゴーの原作の雰囲気を伝え、映画作品としても芸術的に最も成功した」「我が国では1920年代以降一度も上映されていない傑作映画」ということです。(復元上映『レ・ミゼラブル』-アンリ・フェスクール監督(1925年)-
3部構成で上映時間5時間弱といいますが、見てみたいですね。
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