お花見や無電車駅で忍ぶ旅 久保田衛

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お花見や無電車駅で忍ぶ旅/久保田衛

 この「忍ぶ旅」をこの電車やあの駅のホーム、特色ある階段施設を指しているだけではない。私にとって屋代線につづく電鉄の旅、何時・誰と・どこへを含めた心の中の私の旅を偲ぶものである。
 父親の時代、学校を卒業した若者が集う『会村の青年会』は、屋代線ができたころ山内温泉宿へ研修会があったそうだ。お金持ちは、電車で。自転車を借りられる人は、自転車で、お金の無い人は歩いていった。父親は、どこのグループだったのか聞いてない。私の中学生のころ修学旅行で、須坂から発哺温泉まで歩いて行った。よくまあ歩いたものだ。家族では、高山の風景館に行った。旅館の窓に猿が遊びに来た。個人としては、松代町に住んで、須坂まで電車で通った。共に通った電車仲間と今も交際がある。今、誰もいない松代の駅にいると、共に行った人達の姿が懐かしく思い出される。

松代路線廃線を詠う/久保田衛

踏切の警報鳴らぬ四月馬鹿
花冷えや新婚想う温き朝
惜しまれて最後の秋を潜りおり
胸中にシュプール残してラストラン
愛称はマッコウクジラ春何処
哀愁を己に聞かせる春の雨

久保田衛俳句

(『狼煙』69号 2012年5月)
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2012/07/06(金) |