『パリ・コミューンの詩人たち』──むすび (下)

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 コミューンの詩における主要な主題のひとつは、愛国心をうたいあげることにあった。しかし問題は、ドイツにたいする憎悪をかきたてることではなく、ドイツの労働者たちと団結することであった。ドイツの労働者たちは、かれらを弾圧するビスマルク政府に反対してたたかっていたのである。ルイズ・ミッシェルは、この要求を『平和のデモ』のなかで、はっきりと歌っている。
 パリが包囲されていたとき、ポティエがパリをして堂々と答えさせているのは、プロイセンの兵隊たちにたいしてではなく、ビスマルクにたいしてである。
 多くの小唄作者(シャンソニエ)たちもまた、国民を裏切った政府を攻撃し、自分たちの財産や支配を守るために、降伏しようとしたブルジョアジーを攻撃した。これらの攻撃は、おのずと、反動的で資本主義的なヴェルサイユ政府に向けて集中することになる。
 こうしてコミューンの詩は、未来の階級であるプロレタリアートだけが、ブルジョアジーの裏切った祖国の利益を守る、という真理をはじめて表明したのである。

 コミューンの詩における第二の主題は、コミューンの描写と、コミューンにたいする考察である。詩人たちが、パリ・コミューンから引きだした第一の結論は、それがきわだった階級闘争であった、ということである。ポティエやジャン・バティスト・クレマンは、その点をくりかえし強調している。「血の週間」は、反動的なブルジョアジーと労働者階級のあいだには、和解することのできぬ矛盾対立があることを、まざまざと露呈した。それは、階級的協調が裏切りであることを、はっきりとあばき出したのである。
 もっとも意識的で、自覚的な詩人たちはまた、パリ・コミューンのもっていたプロレタリア革命の性格をうたいあげた。かれらは、空想的社会主義やプルードン主義の幻想から脱け出て、コミューンが実現したところのものを描くことができた。かれらは、パリ・コミューンについてのマルクスの輝かしい分析を知ると否とにかかわらず、マルクスのすばらしい分析が正しかったことを、詩において立証した。そうして、コミューンの犯した誤り、とりわけフランス銀行にたいしてばかげた尊敬をはらったという誤りをあばき出し、革命にはプロレタリアのディクタトゥーラが絶対に必要であることを歌いあげているのである。

 コミューンの詩人たちはまた、農民にむかって労農同盟を呼びかけた。
 コミューンの初期や「血の週間」においては、ある詩人たちのなかに、「田舎紳士たち」(ボルド一議会は「田舎紳士たち」の議会と呼ばれた)にたいする罵倒が見出される。かれらは、農民が選出した代議士やヴェルサイユ軍の兵隊と、農民とをごっちゃに混同していたのである。
 しかし周知のように、コミューンは、同じく弾圧される兄弟として、農民に呼びかけたのであり、ポティエやル・ロアのような、自覚的な詩人たちもそれを理解して、労農同盟をくりかえし農民に訴えたのである。「働くものの偉大な党」は「労働者と農民と」を団結させねばならぬと。また、ラショッセのごときは、ヴェルサイユ軍の兵隊たちにむかって、パリの民衆と「協力する」ようにと呼びかけたのである。

 これらのイデオロギー的な重要な主題にくわえて、さらにコミューン戦士の英雄像という文学的な主題を挙げなければならない。ドレクリューズ、フェレ、ルイズ・ミッシェルなどの名は、コミューンの象徴ともなっている。バリケードでの戦死者、銃殺された者、流刑された者たちが、コミューンの詩のなかに歌われ、祀られている。詩に歌われたコミューン戦士の英雄像は、労働者像とひとつである。ここにコミューンの詩の独特な特徴がある。それまで、多少の例外をのぞいて、労働者はほとんど、貧乏人や叛徒と区別されず、労働者を描く場合にも、労働者の内面的な人格などよりは、かれの職業の特徴などの方が重視されたのである。
 コミューンの詩人たちは、新しい革命的労働者のイメージを創りだした。それはまた、コミューンにおける、あるいはコミューンをとおしての、フランス・プロレタリアートの生長を反映したものであった。そのような新しい革命的労働者を歌ったポティエの『蜂起者』は、一八八〇年から九〇年にかけて、多くの労働者たちに愛誦された歌であり、新しい社会主義的活動家を養成するのに貢献したのであった。
 コミューンの詩は、その内容においても、形式においても、過去の多くの残りかすと手を切り、新しい詩の誕生を告げている。この新しい詩は、もはや夢想的ではなく、戦闘的である。コミューンの詩人たちの不屈な楽天主義は、未来にたいする深い信頼を歌いあげており、一九一七年の十月革命は、かれらの信頼の正しかったことを証し立てたのである。
 「連盟兵の壁」の前で毎年おこなわれた記念集会の思い出は、ナチによる占領下の暗い時代にも、フランスの愛国者たちを鼓舞し、勇気づけ、かれらをささえる希望の火となったのであった。
 コミューンの詩人たちは、こんにちもなお、フランスの独立と平和のためにたたかう戦士たちにたいして、フランス人民の英雄的伝統をうけつぎ発展させる保証を与えているのである。

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