『パリ・コミューンの詩人たち』──むすび (上)

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むすび

 パリ・コミューンのような、新しい偉大な歴史的事件は、詩の分野においても、新しい、荒荒しい前進の一歩を生みださずにはいなかった。ランボオの場合はまさにその典型であった。
 当時、ブルジョア階級に奉仕する文学は、懐疑主義におちいり、展望や理想をうしなっていた。それに反して、コミューンの詩人たちは、人民の方に身をかがめて、人民に奉仕するという必要などはなかった。かれらはみずからも人民そのものであり、人民の心情や希望を、自分の心情や希望として歌うことができたのである。
 とはいえ、コミューンの詩人たちがあやまりや錯覚をまぬかれていた、などということはできない。ある詩人たちは、とりわけコミューンの初期にあっては、階級間の協調の可能性、勝者と敗者の協力の可能性を信じさえした。また、ある詩人たちは、コミューンのもつプロレタリア革命の意義を理解することができずに、正義、理性、運命、とりわけ自由の誤った概念を好んで用いた。
 しかし、コミューンの詩人たちが、多くのコミューン戦士とおなじように、労働者階級に無縁なイデオロギーの残りかすをもっていたとしても、驚くにはあたらない。当時の革命運動の内部には、まだ労働者党が存在せず、新ジャコバン主義、プルードン主義、ブランキ主義などに分裂していた。このような状況は、むろん文学にも反映しており、そこからして、コミューンの詩人たちの作品における雑多性と弱点とが出てくる。
 しかし、一八七一年以後のウジェーヌ・ポティエの作品は、パリ・コミューンの積極的意義をうたいあげたものとして高く評価されている。ポティエの詩は、古いイデオロギーとの訣別をはっきりと示しており、マルクス・エンゲルスの思想をわがものとしている。労働者の解放は、労働者自身がおこなうべき事業であり、「菜っぱ服の為政者」──プロレタリアのディクタトゥーラの問題であることを、ポティエの詩は、決定的に明らかにしているのである。
つづく

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