武蔵野だより

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武蔵野だより
                   大島博光

 過日退院して、自宅療養できるようになりました。入院中、あたたかいカンパをいただいたたくさんの方に、誌上をかりて、あつくお礼をのべます。*
 わたしが退院したら、こんどは同人の田村くんがやはり成形手術のため入院することになり、残念です。しかし、手術のおかげで、元気で仕事ができるようになる希望があるのだから、電気メスの地獄をくぐり抜けるくらい、やむをえないでしょう。田村君の手術がうまくゆくよう、祈ります。
       *
 わたしのいた療養所は男女あわせて二百人近くいました。数ヶ月のあいだ、いろいろなひとたちと同居していたわけで、それだけでもいろいろ勉強になりました。その一つは、わたしたちが呼びかけ、いっしょに歌わねばならぬひとたちを、わたしたちがよく知っていないということです。そのひとたちのあいだでほど、わたしは自分の詩人としての弱さを感じたことはありません。
       *
 詩人ポール・エリュアールがこの十一月十八日に死んだということです。自由と平和のために、ひとびとに歌いかけた、あのきよらかで生き生きとした歌ごえは、もうとだえてしまったのです。エリュアールの『自由』「とざえざる歌」はわたしたちの胸に残っているけれど、かれは、戦後の新しいファシズム、帝国主義に対する闘いの詩を、新しい調子で歌いはじめていたところで、それらの新しい詩はわたしたちにも多くのことを教え、うつくしい手本でもありました。エリュアールの新しい詩の教えの一つに、わたしはかれの統一への呼びかけの詩をあげることができるとおもいます。それは、例えば、『詩は実践的真理を目的としなければならぬ』『わたしの知っている詩人たち』『よき正義』などの詩によくあらわれています。かれは『よき正義』で次のように歌っています。

 水を光に変え
 夢を現実に変え
 敵を兄弟に変える
 これが人間の優しいやり方だ

 こんにちほど、ひとびとの団結が大事なときはなく、帝国主義にたいする共同のたたかいに、手をくんで立ちあがらねばなりません。その呼びかけのために、エリュアールは、詩そのものをもって立ちあがり、友愛の精神を美しく歌いだしています。たとえ『友愛』はフランス革命のスローガンの一つであって、エリュアールはそのフランス革命の伝統的な精神を新しく掲げたに過ぎないとしても、わたしは、ここに大いに学ぶべき詩人の態度があるとおもわずにはいられません。そうして、エリュアールがこのような態度になることのできたのは、やはりかれが共産主義者として自己改造をおしすすめたからにほかならないと思うのです。
(『角笛』第六号 1952年12月)

* 1952年5月、博光が結核のため胸郭成形手術を受けた際、困窮した博光のために『角笛』同人の奈切哲夫が音頭をとって大島博光救援会をつくり、カンパを集めた。

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