『マチュ・ピチュの高み』─第四の歌 力強い死は

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 第四の歌 力強い死は

力強い死は幾度となくわたしを誘った
死は 波のなかの目に見えない塩のようだった
その目に見えない味わいがまき散らしたのは
なかば深く沈んでゆくようなものであり
なかば高く昇ってゆくようなものであり
あるいは風と氷の厖大な建築のようであった

そうしてわたしはやってきた 鋼の刃へ
風の隘路へ 農業と石の経帷子へ
星の空虚の最後の道へ
目のまわるような螺旋の道へ
だが おお 死よ!広大な海よ!
波から波へ おまえはす速い夜の光のようにやってくる
あるいは夜の全員のようにやってくる

おまえはけっしてふところをかきまわすようなことはしなかった
おまえの訪問は不可能だった 赤い服装なしには
囲まれた沈黙の夜明けのじゅうたんなしには
声高い泣きわめきやおし隠された涙の遺産なしには

それぞれの人間のなかの 小さな秋(千の木の葉の死)を背負った木を
わたしは愛することができなかった
それらいつわり 死と 大地もない
奈落もない復活再生を
わたしはもっとひろびろした生のなかを
もっとのびのびとした河口を泳ぎたかった
そして人間が徐々にわたしを拒み
わたしの手があの傷つけられて存在しない泉にとどかないようにと
道と扉をわたしに閉ざしたとき
そのときわたしはさまよった 通りから通りへ
川から川へ 町から町へ ベッドからベッドへ
そして塩まみれのわたしの假面は砂漠をよぎった
そしてランプもない 火もない パンもない
石もない 静けさもない 最後の湿った家々でただひとり
わたしはわたし自身の死を死にながら転げまわった

訳注* この詩章は、「町から町へ ベッドからベッドへ」と歌われているように、一九四八年、大統領ヴィデラを弾劾したかどで、ネルーダが官憲から追われる「お尋ね者」となり、地下生活を余儀なくされた頃を歌ったものである。「あの傷つけられて存在しない泉」と訳したところは、"su inexistencia herida" (その傷つけられた非存在)となっている。詩人がお尋ね者となったように、彼の党も──泉も傷つけられ非存在となったという風に解釈して、訳者はこのように訳した。

(パブロ・ネルーダ 『マチュ・ピチュの高み』)
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