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間島三樹夫さんへの弔詩

ここでは、「間島三樹夫さんへの弔詩」 に関する記事を紹介しています。

この4月はチリ連帯日本委員会事務局長だった間島三樹夫さんが亡くなって20年になります。 間島さんの告別式で博光はともに活動した思い出を弔詩にして読んでいます。

間島三樹夫さんへの弔詩
                        大島博光

あなたはいつも
チリ連帯集会や ネルーダ記念集会に
明るい微笑を浮べて立っていた
まるで 永遠の青春を誇るかのように
あんなに元気だったあなたのまえで
いま こんな悲しい詩を読まなければならないとは
そしてあの ひとをはげまし力づける
あなたの微笑みをもう見ることができないとは

わたしは思い出す
マドリードでひらかれた
一九七八年十一月のチリ連帯国際会議を
あなたは 写真や資料でふくらんだ
重い旅行鞄をかかえて 参加した
その写真や資料はやがて
チリ連帯日本委員会による写真パネル展となって
会議場のホテル・コンヴェンションの廊下を飾った
それは 世界じゅうからやってきた代議員たちの目をひきつけた
ファシスト・ピノチェトの来日に反対する抗議デモ
盛大に行なわれたネルーダ追悼集会……
それらの写真のなかに
すぐれた組織者として 指導者として
あなたはいつもそこに立っていた

マドリードからパリへの帰り道
わたしたちはたいへん楽しい旅をした
グラナダのアランブラ宮殿では
ちょうど満月が 夢幻のように
あの歴史の悲劇の城壁を照らしていた

グラナダ郊外のファンテ・ヴァケ一口ス村に
ガルシア・ロルカの生まれた家を訪れもした
地中海沿岸の小さい町 コリウールに降りて
スペインの大詩人 アントニオ・マチャードの墓にも詣でた
マチャードはフランコ軍に追われてピレネエを越え
フランス領のコリウールで死んだのだった

バルセロナでは ピカソ美術館を訪れた
わたしたちの宿ったホテル・コロンは
かつて写真家ロバート・キャパが投宿したホテルであった……

そんな楽しかった思い出を
ともに語るべきあなたはもういない

もうお別れのときだ
どうか安らかにお休みください
あなたが心くだいたチリ人民は
まもなく勝利するでしょう
彼らの勝利はまたわたしたちの勝利です
なぜなら 敵はひとつなのだから

では 間島三樹夫さん
さようなら

   一九八九年 四月十五日

(「チリ人民連帯ニュース」第35号 1989.7.1)

マドリッド
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