──松代に帰って でもそれが良かったんだね 結核の療養をして 半年くらいいたんだよ その時に遊びに来たんだ で 温泉へ行ったりして その頃家一軒買えるくらいの退職金をもらって それを全部使って家には全然入れないんだから いい気なものだよ──(尾池和子「大島博光語録」)
昭和19年2月の「蝋人形」誌解散で失業した博光だったが、高額の退職金を得て優雅に暮らしていた。郷里・松代で療養生活に入りながら、同年5月から8月まで軽井沢・沓掛の宿を定宿にしてフランスの詩人を訳したりしていた。昭和20年3月、静江との仲が公然となってからは、二人で金沢へ温泉旅行に行ったり軽井沢・追分で逢ったりしていた。静江の父親・静一は二人の結婚に反対だったが、静江は意に介さなかった。
昭和19年2月の「蝋人形」誌解散で失業した博光だったが、高額の退職金を得て優雅に暮らしていた。郷里・松代で療養生活に入りながら、同年5月から8月まで軽井沢・沓掛の宿を定宿にしてフランスの詩人を訳したりしていた。昭和20年3月、静江との仲が公然となってからは、二人で金沢へ温泉旅行に行ったり軽井沢・追分で逢ったりしていた。静江の父親・静一は二人の結婚に反対だったが、静江は意に介さなかった。
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