ひばり園と園長先生のこと

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ひばり園と園長先生のこと

 ひばり園は今はない幼稚園で、三鷹駅南口から10分ほど、三鷹銀座を抜け出たところにあった。向かい側には三鷹警察署があった。
 ひばり園の庭には古い小型バスの車体が置いてあり、遊び場になっていた。ピクニックで雲雀の上がる麦畑を野崎あたりまで歩き、小川で遊んだことや、親子で芋掘りをしたこと、「春の小川」やツバメやもぐらの童話の世界を楽しんだことなどをおぼろげに覚えている。

 父が前立腺肥大で入院していた1984年5月のことになる。武蔵野日赤病院に父を見舞いに行ったおり、「ひばり園の園長さんが入院している、先が長くないのでお見舞いしてあげて」と母から言われた。気がすすまないので断ったら母は残念そうな顔をしていた。
 最近、昔のことを綴った母のノートが見つかった。三鷹に引っ越して花屋を始めたが、小さい子供二人が家にいては父の仕事の邪魔になる、朋光は園長の厚意でひばり園であずかってもらい、秋光は背負って花屋の仕事をすることができた、園長のおかげで大変助かったという。静江がひばり園の園長から受けた恩義のことを初めて知り、日赤病院で見舞いの話をした母の思いがやっと分かった。

ひばり園
ひばり園にて 右端が園長先生


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