アラゴン「もぐりこんでゆくもの」

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 もぐりこんでゆくもの
                         ルイ・アラゴン

もぐりこんでゆくものには すべてが海だ
もぐりこんでゆくものにはすべてが苦(にが)い

やってきたかと思えば もうもぐってしまう
自分が 自分の見知らぬ者になってしまう

眼の光りも かぐろく塗りこめられ
もう愚痴や嘆きも ひっそり静まりかえる

もう何も映さぬ鏡 止(や)んでしまった音楽よ
わたし自身よ どこへ行くのだ どこへ

あんまり 海が深いので
ひとと藻とが からみあう

その瞬間は あんまり真っ暗なので
存在(ひと)は めくらめっぽうに落ちてゆくのだ

そこにも やはり心配苦労があるのだ
魂が 不滅であることを怖れるような

絶体絶命の ひとりぼっちだ
もう 心臓さえ 脈うたぬのだ

終りもなければ 始まりもない
もう 気が狂うこともありはしない

どれが わたしの手やら 心臓やら
どれが 歩(あゆ)んだ道やら あやまちやら

生まれも 履歴もはぎとられ 自分のいない
もぬけの殻の世界を歩いてゆく

もう存在しないというのに どこへ行くのか
いや 遠のかないように こっちへ来るのだ

どこもかしこも 同類ばかり
眼もない 口もない 耳もない

もう 寿命の終えた がらくたのようだ
もう 二度と出会うことのない言葉のようだ

もぐりこんでゆくものよ きみは落ちてゆくだけだ
すべての領地を 取りあげられて

残るのは きみの鋳型からの鉱滓(かなくそ)だ
消え失せた指輪 踏み消された足跡だ

きしり鳴る扉も だらりと開けた唇も
みんな 自分の死にざまに見える

時を刻(きざ)む音が 血のしたたる音にきこえ
すべての瞬間が もう自分の最期かと思う

時は わたしの手の杯からこぼれ落ちて
わたしの膝の丘に 墓穴を掘る

時ももう いままでの時とはちがう
消えて火照(ほてり)と変わった火のように

わたしは 自分のランプを吹き消すめくらだ
こめかみにも 時の搏(う)つのがきこえてくる

時の搏つのを聞きながら 待っている
生命(いのち)ありながら いのち息絶える時を

息絶える時へ もぐりこまぬうちに
時は ひとつの夢の始まる朝となる

その意味は 忘れられること
自分から 解き放たられることだった


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