ロワール河とアルノー河
大島博光
じぶんが釣りきちがいなものだから、どこへ行っても釣り師の姿がよく眼につき、河に出会えば、魚のいそうな場所や釣れそうな場所を眼でさぐったりする。
去年の夏、パリに行ったとき、一日、ロワール河畔のお城めぐりに出かけた。お城めぐりの拠点の一つであるトゥールに着いたのはもう昼過ぎであった。この時刻からは、もうお城めぐリのバスはないのである。そこでぶらぶら、ロワール河の方へ町を歩いて行くことにした。十二世紀に建てられたという古い石の家並みの並んだ狭い街があって、そこはなぜかうす気味が悪かった。それに反して大通りは明るくて華やいでさえ見えた。ロワール河の橋のたもとには、古い教会が立ち、むかしのぶどう搾り機が保存されている博物館があった。ぶどう搾り機は、直径三、四メートルもあるような大きな桶でできていて、木肌が赤光りしていた・・・。
河原に出ると、ロワール河の河幅は驚くばかりの広さで、水量も豊かにゆったりと流れていた。水着姿の若い夫婦と小さな娘が、日光浴をしていた。近くで一人の若者が長い手竿で釣りをしていた。さっそくそばにいってみた。若者は大きな麻袋から蛆虫をつかみ出しては、竿先に投げこんでいた。撒き餌である。そして釣り針の餌には、やはりサシらしい蛆虫を使っていた。かたわらのカゴの中には、二、三十センチの魚が四、五枚入っていた。幅の広い平目のような形をして、白っぽい色をしていた。尋ねてみると、魚の名前はbrémeということであった。後で字引を引いてみたら、鯉の一種と出ていた。ふと、ポプラ林の立っている向こう岸の方で、大きな魚がはねた。そっちの方に大ものがいるかもしれなかった・・・。
パリがあまり暑かったのでシャモニーに行って涼をとり、モンブランをケーブルで越えてフィレンツェに行った。そしてアルノー河畔に建っているウフィツィ美術館を見て歩いた。ここは有名なイタリー・ルネッサンスの宝庫で、美術全集などで親しんでいたボッチチェリ、ダビンチ、ミケランジェロなどの傑作が、そっくり並んでいる所である。建物は、その昔フィレンツェを支配したメディチ家の館であって、アルノー河に面して小さなバルコニーがあった。何気なく三階のバルコニーに出て、下を見て驚いた。流れるというよりはよどんでいるような河の流れいっぱいに、緋鯉の群れがモザイク模様のように美しく散らばっているではないか。そして釣り師も三人ほどあちこちに見えた。私は、鯉が泳いでいる図や、鯉を釣りそこねたりする夢をよく見る。しかし、こんなに柿色を散らしたような見事な鯉の図を見たことはなかった。私はしばらくぼう然として、釣り心をそそるその美しさに見とれていた・・・。今度来る時は、釣り竿を用意して来なくてはなるまい、イタリーの釣り師と腕を競ってみたいものだ、と考えながら。連れが戻って来て言った。「だめじゃないの、こんなに並んでいる傑作を見ないで、鯉ばかり見ていて──」。
(詩人)
─レジャー広場 つり─ <掲載誌不詳>
大島博光
じぶんが釣りきちがいなものだから、どこへ行っても釣り師の姿がよく眼につき、河に出会えば、魚のいそうな場所や釣れそうな場所を眼でさぐったりする。
去年の夏、パリに行ったとき、一日、ロワール河畔のお城めぐりに出かけた。お城めぐりの拠点の一つであるトゥールに着いたのはもう昼過ぎであった。この時刻からは、もうお城めぐリのバスはないのである。そこでぶらぶら、ロワール河の方へ町を歩いて行くことにした。十二世紀に建てられたという古い石の家並みの並んだ狭い街があって、そこはなぜかうす気味が悪かった。それに反して大通りは明るくて華やいでさえ見えた。ロワール河の橋のたもとには、古い教会が立ち、むかしのぶどう搾り機が保存されている博物館があった。ぶどう搾り機は、直径三、四メートルもあるような大きな桶でできていて、木肌が赤光りしていた・・・。
河原に出ると、ロワール河の河幅は驚くばかりの広さで、水量も豊かにゆったりと流れていた。水着姿の若い夫婦と小さな娘が、日光浴をしていた。近くで一人の若者が長い手竿で釣りをしていた。さっそくそばにいってみた。若者は大きな麻袋から蛆虫をつかみ出しては、竿先に投げこんでいた。撒き餌である。そして釣り針の餌には、やはりサシらしい蛆虫を使っていた。かたわらのカゴの中には、二、三十センチの魚が四、五枚入っていた。幅の広い平目のような形をして、白っぽい色をしていた。尋ねてみると、魚の名前はbrémeということであった。後で字引を引いてみたら、鯉の一種と出ていた。ふと、ポプラ林の立っている向こう岸の方で、大きな魚がはねた。そっちの方に大ものがいるかもしれなかった・・・。
パリがあまり暑かったのでシャモニーに行って涼をとり、モンブランをケーブルで越えてフィレンツェに行った。そしてアルノー河畔に建っているウフィツィ美術館を見て歩いた。ここは有名なイタリー・ルネッサンスの宝庫で、美術全集などで親しんでいたボッチチェリ、ダビンチ、ミケランジェロなどの傑作が、そっくり並んでいる所である。建物は、その昔フィレンツェを支配したメディチ家の館であって、アルノー河に面して小さなバルコニーがあった。何気なく三階のバルコニーに出て、下を見て驚いた。流れるというよりはよどんでいるような河の流れいっぱいに、緋鯉の群れがモザイク模様のように美しく散らばっているではないか。そして釣り師も三人ほどあちこちに見えた。私は、鯉が泳いでいる図や、鯉を釣りそこねたりする夢をよく見る。しかし、こんなに柿色を散らしたような見事な鯉の図を見たことはなかった。私はしばらくぼう然として、釣り心をそそるその美しさに見とれていた・・・。今度来る時は、釣り竿を用意して来なくてはなるまい、イタリーの釣り師と腕を競ってみたいものだ、と考えながら。連れが戻って来て言った。「だめじゃないの、こんなに並んでいる傑作を見ないで、鯉ばかり見ていて──」。
(詩人)
─レジャー広場 つり─ <掲載誌不詳>
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