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画家 八月十九日 夜

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画家 八月十九日 夜

長ながとつづく アカシヤ並木
八月のさなか そのアカシヤの白い花が咲いていた
まるで白いレースを垂らしたように
その香りもさわやかな夕暮れ

プラント街 ○番地に
画家は住んでいた
青春をともにしたわたしたちは 三〇年ぶりの再会だった
自殺した画家 吉岡憲の葬式以来の──

画家は若者のような熱っぽさをもって語った
パリの光は 
油絵の色によくマッチする
佐伯ユーゾーもそれを感じとっていたのだ
パリでしか絵が描けなかった

この光 この明るい軽やかな光
これが 絵を生むのだ

アトリエには
オウレー地方 ロワール河らしいひろい河と橋の絵
リュクサンブールの噴水と
あのマロニエの緑の壁と
地中海マントンのブルーと船と
うすいローズ色の馬と少年

若くて美しい夫人の手づくりの
ムール貝の白ブドー酒蒸しの珍味を味わいながら
遠い若い頃の思い出話に花が咲く

黒い殻のなかの黄色い身に
レモンを垂らして食べるそのうまさは
忘れられぬ
若くて美しいマダム

「ノヴァ」で呑んで、「山小屋」へ流れて
それから屋台で飲んで
明け方 ○谷近くのアトリエへ辿りつく

楠田一郎が死んで四〇年後
パリのアトリエで 彼の思い出を語ろうとは──
かれも夢みた パリの空の下で
楠田は「山小屋」の光(み)っちゃんが好きで通ったのに
気の弱いかれは
とうとう それを告げずじまいだった

その頃だ 楠田一郎が新宿三丁目裏の花園神社の
軒下で寝たのは──

<ノート 1980 パリ>
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