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ヤニス・リトソス 「女たち」

ここでは、「ヤニス・リトソス 「女たち」」 に関する記事を紹介しています。
 女たち
                     ヤニス・リトソス
                     大島博光訳

女たちはとてもうつろだ
彼女たちの布団には 幸せな夜の匂いがしている
彼女たちはテーブルの上にパンを置く
ぼくらが彼女たちのうつろさを感じないようにと
そのときぼくらは 何か悪いことをしたことに気がつく
ぼくらは起きあがって言う
「きょう きみはとても疲れてるね」とか
「放っておいて ぼくがランプに火をつけるから」とか
ぼくらがマッチを擦ると 彼女は静かにぐるっと身を回わすと
不思議な力にうながされて台所へとむかう
彼女の背なかは たくさんの死者たちを背負った悲しい小さな山だ──
身うちの死者たち 彼女の死者たち そして彼らといっしょにきみを

彼女の足音が古い床板の上できしり鳴るのが聞こえる
棚のうえで皿たちが泣いているのが聞こえる
それから 兵隊たちを前線へ運んでゆく列車の音がきこえる

【解鋭】ヤニス・リトソスは一九〇九年生まれのギリシアの詩人。先頃、朝日新聞紙上にその訃報が出ていた。フランスの文芸誌『ウーロップ』誌にときどき作品が出ていたり、アラゴンがリトソスに論及していたのを散見したことがある。そのほか、リトソスについて知る資料は筆者の手もとにはない。この詩は『平和のための詩華集』(Temps Actuels版)から採ったものだが、そこには一行の解説も書かれてない。
 この詩は解説をくわえるまでもなく、戦争でたくさんの死者が出ている、いわゆる銃後における女たちの悲しみの深さを、きわめて日常的な暮らしのなかから描きだし、つかみとっているところに特徴があるように思う。戦争の悲惨は、しかし、ここではひとつの叫びもひとつの呪いもないのに、静かに、それだけいっそう深く浮きあがってくるようである。
             (大島博光)

「世界・詩の旅(5)ギリシャ」<掲載誌不詳>
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