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フランス革命と『ダントン』

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ダントン

そしてダントンより二ヵ月のち

ロベスピエールも処刑された


フランス革命と『ダントン』
                            大島博光

 ダントンといえば、パリのサン・ジェルマン大通りの、オデオン四辻のあたりに立っているダントンの銅像をわたしは思い出す。その銅像の東側、大通りから折れて左に伸びる通りはダントン街である。やはりそのあたりにダントンは住んでいたのかも知れない。数年前の夏、わたしはよくその銅像の前のカフェ・テラスに坐って、サーベルを杖にして立っている軍人姿のダントンの、もう緑青をふいた古い銅像をぼんやりと挑めていた。彼がフランス革命の偉人な指導者ぐらいのことはぼんやり知っていたが、そのときはそれと意識することもなく眺めていたのだった……。
 こんど、アンジェイ・ワイダ監督の映画『ダントン』を見たおかげで、その銅像のダントンが血と肉をもった人間として、しかも卒直におのれをおっぴろげた、人の好い人間として、観ることができた。いわば、生きた人間として、歴史のなかから、ダントンは現われてきたのだ。
 むろん、ダントンは歴史においてもこの映画においてもロベスピエールと対(つい)になって登場してくる。この映画は、この二人の革命家の対立、その思想、性格、気質の対照をとおして、フランス革命の崩壊してゆく最後の段階とその過程をきわめてドラマティクに描いてみせる。それも、その劇的な画面の流れのなかに、観る者をひきこんで、息もつかせずに一気に見させるような出来栄えである。少くともわたしはそのようにして見た。

その時ダントンは愛欲に夢中だった
 原作はスタニスワヴァ・プシビシェフスカの『ダントン事件』ということであるが、この映画に描かれている内容は、その細部においても、ミシュレの『フランス革命史』の記述などとおおよそ一致しているようである。したがって歴史映画といってもいい。
 最初のシーンはたいへん美しくて印象的だ。二頭立ての馬車がパリ郊外の、雨に煙るマロニエの並木道の石畳の上を走ってくる。田舎に引っこんでいたダントンが新妻とともにパリに出てきたのである。馬車はやがて都心にはいり、革命広場のギロチン台をぐるっと廻ってゆく。ギロチンには不気味な黒布がかぶせてあって、その黒布のあいだから、ギロチンの刃がまた不気味な光りを放っている。──この導入部が早くもダントンの運命を暗示し予告している。やがて、とある通りに停った馬車の中から、ジェラール・ドパデューふんするダントンが、大柄で人なつっこい顔を乗り出して、「ダントン万歳!」を叫ぶ民衆に手を振って答える。この光景をその通りの二階の窓から、ヴォイチェフ・プショニャックふんする、いかにも神経質らしいロベスピエールが、嫉妬に燃える眼で見おろしている……。馬車のなかのダントンのそばには、若妻ルイズ・ジェリの顔も、雨のしずくのたまった窓越しにいっそう美しく見える。二人が仲むつまじく顔を見せるこの場面は、しかし深い暗示を秘めている。一時、地方に引退していたダントンについて、ミシュレは書いている。
 「……革命に倦んだのだともいえるが、それだけではない。ダントンは愛情とそして肉欲の満足に精力をさいていたのだ。……ダントンは、十六歳のかわいいルイズ・ジェリにたちまち身も心も奪われた……ライオンは牛に、いや猪(いのしし)に、猛烈な肉欲にさいなまれる猪になりさがったのだ。政治に熱心でなくなった。陰謀をたくらんでいる、と責められて、ダントンは答える。
 《このおれが!できぬ相談だ……毎晩毎晩、愛に身を焼かれている男に、何ができると思うんだね》
 この愛は死を招くこととなろう」(中央公論社、ミシュレ『フランス革命史』桑原武夫他訳)

かれらはフランスの首を切ったのだ
 ダントンの協調政策に協力するデムーランの「ヴュー・コルドリエ」紙の印刷所が、ロベスピエール一派によって襲撃される。ダントン一派への攻撃開始である。最後の和解をはかるために試みられた、ダントンとロベスピエールの会見の場面ほど、この二人の対照的な個性をあざやかに演出して見せているものはない。それは二人の人間の存在感、内面性をもって描かれている。この二人の人間像をミシュレはこう書いている。
 「ダントンとロベスピエールは、革命の二つの電極、陽極と陰極だった。二つ兼ねそなわってこそ、均衡は保たれるのだ……
 ロベスピエールは、悪と罰への憎悪において、自分の敵を公共の敵と思いこみ、殺さずにはおかなかった。
 そしてダントンは、その寛容さから、憎むことのできぬ性格から、どんなものでも救おうとするあまり、自分の敵のみならず、おそらく自由の敵までも許したことだろう。彼は悪を憎みうるほど純粋ではなかったのだ」
 この場面で、激昂したダントンはロベスピエールに言う。「きみは民衆のことなど何もわかりっこないんだ、何も!」「きみは女と寝たこともないらしい」──しかしロベスピエールは冷静で冷徹で、落ちつきはらっている。その生活もつつましく、汚職などは知らなかった。
 おなじような和解の試みが、ロベスピエールとデムーランのあいだで行われるが、デムーランはダントンヘの友情のために、ロベスピエールには口もきかない。こうした人間模様のなかで、革命内部の分裂と恐怖政治とが、まるで敗北の運命をたどるように、のっぴきならぬかたちで進行する。
 三月三十日の公安委員会で、ロベスピエールの弟子であるサン・ジュストがダントン逮捕を提案し、その告訴状を読む。委員たちは頭を垂れて聞き入る。ろうそくは燃えつき、灯は消えかかっている。みんなの眼がロベスピエールにそそがれる。「きみたちは第一級の愛国者を皆殺しにするつもりなのか」と、苦悩を浮べて彼は叫ぶ。われにかえったように、ビヨが賛成の署名をもとめ、まっさきに署名する。全員がこれにつづく。ロベスピエールは最後から二番目に署名する……。この場面を見ると、ダントンをなきものにしょうとする主唱者は、サン・ジュストとビヨのように見える。
 ダントンの逮捕につづく、革命裁判におけるダントンの裁判闘争の場面もきわめてドラマティックだ。ダントンはその雄弁をふるって、傍聴席をうずめた群衆に語りかける。「わたしが告発されたのは、わたしが真実を言うからだ。わたしが人民の正義の生みの親だからだ。わたしのもう一つの罪は、わたしのもっている人民の人気だ。フランス人民よ、裁くのはきみたちだ……」
 いよいよダントンが、革命広場のギロチン台上にのぼる場面は、恐怖政治の怖ろしさを描いてあまりあるものだ。不気味な巨大な刃が落下すると、台の下に、どっとどす赤い血が流れ落ち、首は籠の中に入れられる。巨大な刃にもどす赤い血がしたたり流れている。ギロチンにかけられる前、ダントンは死刑執行人に言う。
 「わたしの首を人民にみせるがいい。この首にはそれだけの値打ちがあるのだ」
 死刑執行人は言われたとおり、まだ血のしたたるダントンの首を高だかとかかげて、四方の群衆に示す……。怖るべき沈黙の一瞬。
 「彼らはフランスの首を切ったのだ!」とミシュレは書いている。

人民よりも理念に忠実な態度の戯画

 一方、ダントンの処刑によっておのれの勝利と独裁が決定的になったのにもかかわらず、ロベスピエールは熱をだしてベットに横たわり、ダントンの処刑は自分のあやまちだったと後悔し、坤めいている──。「……わたしは狂っている。獣のように眠ることだ……」こういうロベスピエールの前で、小さな少年が姉の命令にしたがって、「人権宣言」の自由、平等、友愛の条文を暗誦する。これがこの映画のフィナーレでもある。じつはこの場面はこれで二度目なのだ。最初は、映画の初めの部分で、この少年が裸で立って、やはり「人権宣言」の条文を暗誦する。まちがえると、前にさし伸ばした手を姉にひっぱたかれる──。初めの方でこういう場面がいきなり出てくるので、はじめはそれが何を意味するのか、わたしにはまったくわからなかった。ところがこのフィナーレの場面を見ると、それが冒頭の方の場面と呼応し合って、そこに託された深い意味がやっとわたしにわかってくるように思われた。あるいは、制作者の意図によって、そういう仕掛けになっているのであろう。つまりこの二つの場面には、ワイダ監督じしんのメッセージが託されているように、わたしには思われる。いたいけない子供に「人権宣言」の諸理念を強制的に暗誦させることによって、ワイダ監督はロベスピエールによる「人権宣言」の内容の形骸化を風刺し、ロベスピエールの人民よりも革命理念に忠実であろうとする態度、現実から浮きあがったイデアリスムを戯画化してみせたのではないか。そしてそれは、この映画のネガチブの主題でもあったといえるだろう。
 一七九四年四月五日、ダントン、デムーランたちがギロチンにかけられてから二カ月後、処刑直前にダントンが予言したとおり、ロベスピエール、サン・ジュストたちも処刑され、恐怖政治は終わりを告げる。こうして王権を打倒した革命の果実はブルジョワジーのものとなり、ブルジョワ革命として終わる。しかしこれによってパリ・プロレタリアートの革命が終わったのでないことは歴史の示すとおりである。一八四八年の二月革命、一八七一年のパリ・コミューヌは、フランス革命の伝統を革新しつつ、これを受けついだものといえよう。

(1984年・掲載誌不詳)

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