千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


 ルイズ・ミシェルの流刑の宣告の翌日、一八七一年十二月、ヴィクトル・ユゴーは、『男まさりに』という讃歌をルイズに書き贈った。しかし、ルイズがこの詩を読んだのは、十七年ものちの、一八八八年であった。ユゴーの讃歌は、きわめて調子の高いものである。

  VIRO MAJOR(男まさりに)
                           ヴィクトル・ユゴー

  塗炭の苦しみをなめる人民 地獄と化したパリ
  果てしもない大虐殺 うちつづく死闘を見て
  きみの言葉のなかには 怖るべき同情があった
  きみは熱狂した偉大な魂のように振舞った
  殺し夢み苦しむことに疲れて きみは言った
  「わたしは殺した おまえが死にたかったからだ」
  怖るべき 超人的なきみは 我にもなく嘘をついた          
  あの暗いユダヤ女のユーディット(1)もローマ女のアリア(2)も
  きみの論破するあいだ 手を叩いて讃えただろう

  きみは裁判官席に言った「わたしは宮殿を焼き払った」
  きみは踏んづけられ搾りとられる人たちをほめ讃えた
  きみは叫んだ「わたしは人殺しだ わたしを殺すがいい!」 
  群衆は倣慢な女(きみ)が自らの罪を自白する声に聞き入っていた
  きみはまるで墓石に接吻(くちづけ)を投げ送ってるように見えた
  きみの眼は蒼ざめた判事どもをじっと見据えていた
  そして厳(いか)めしいエウメニデス(3)のように夢想に耽った
  きみのうしろには蒼白い「死神」がつっ立っていた
  広い法廷じゅうが恐怖の念でみち溢れた
  血にまみれた人民は内乱を憎悪しているからだ
  外部(そと)からは 町のざわめきが聞こえていた
  彼女はいかつい拒絶の態度で 傲然と胸を張って
  そとから聞こえてくる雑音に耳を傾けていた
  そして敵への気高い侮蔑と従容とした死を思いながら
  不吉にも彼女は 墓穴への足どりを速めていた
  判事たちが囁いた「彼女は死刑だ! それが正当だ」
  「恥知らずな女だ!」「こんなに堂々とさえしていなければ」
  判事たちの良心がつぶやいた そうしてもの思わしげに
  判事たちは二つの暗礁のあいだをさまようように
  諾(ウイ)か否(ノン)か ためらいながら 厳然と構えた罪人を見つめた
  だがきみは 英雄主義と勇気以外のものには似合わない
  そう私同様に知っている人たちは また知っているのだ
  もしも神が「お前はどこから来たのか」と尋ねたなら
  きみは答えただろう「みんなが苦しみもがいている
  あの暗闇のなかから わたしはやって来たのです 神よ
  あなたが作られた義務という深淵から 出て来たのです」と
  その人たちは知っているのだ きみのふしぎな優しい詩を
  万人に捧げたきみの夜を昼を きみの心づかいを涙を
  ほかのひとびとを助けるために 我を忘れた働きぶりを
  使徒たちの炎の言葉にも似た きみの火のような言葉を
  風通しの悪い パンも火もない家に住み 粗末なべッドや
  樅(もみ)のテーブルで暮らす その人たちは知っているのだ
  庶民の女としての きみのひとの善さと 誇りの高さを
  きみの怒りの下に眠っている ほろりとさせる優しさを
  人でなしどもに向けた きみの憎悪のまなざしを 
  子供たちの足を温めてやった きみの手のひらを──
  きみがそのロのべに 苦(にが)々しげな皺を浮かべようと
  きみを呪い憎むやからが きみに襲いかかり
  法にも似合わぬ叫びを きみに投げつけようと
  きみが最後のかん高い声で自らの罪をあばこうと
  その人たちは 荒々しくも威厳にみちたきみを前にして
  メドゥサ(4)の姿から輝きでる天使の姿を見たのだ
  法廷のなかに きみはすっくと立って異様に見えた
  というのは その場の判事たちがなんともみすぼらしかったからだ
  二つの魂をひとつに合わせ持ったたましいほどに──
  仮借することない偉大な心の底にかいま見られた──
  ぼんやりとした星雲のような 聖なる渾沌(カオス)ほどに──
  そして燃え上る炎の中に見えた一条の光ほどに
  その場の判事たちを困惑させたものはないのだ
                       (一八七一年十二月)

 注
(1)ユーディット──ユダヤの寡婦ユーディットは、敵将ホロフェルネスの陣営に自ら進んで入り、その油断に乗じて敵将の首をきり、同胞を救う。この物語は、旧約外典中の一書『ユーディット書』に見られる。
(2)アリア──ギリシャ神話のアリアーヌ(アリアドネ)を指すものと思われる。
(3)エウメニデス──エウリビデスのギリシャ悲劇の人物。主人公オルステスは、父の仇を報ずるために母とその情人アイギストスを殺す。オルステスは、母を殺したために、復讐神エリニュエスに追われてアテネに着く。アテナは、復讐の女神たちの怒りを静めるために、怒りの女神たちを祀ることにする。かくて怒りの女神たちは「エウメニデス」(善意女神)となる。
(4)メドゥサ──ギリシャ神話で、見るものを石に化したという蛇髪の魔女。

 ルイズは、ニューカレドニア島に八年の流刑を科せられる。流刑を終わって故国に帰るや、彼女はふたたびその筆と声とをもって闘争を始め、示威運動の先頭に立った。 彼女は、人民からは尊敬され、ブルジョアからは憎悪される象徴的な人物となる。しかし、彼女の政治的思想は、依然として矛盾にみちたものであった。 彼女はふたたび投獄され、一九〇五年、この「コミューンの赤い処女」は、その任務を果たして死んだ。
 詩人アシル・ル・ロワは、つぎのような詩で、ルイズを讃えている。
(*「ルイズ・ミシェル」)

ルイズ・ミシェル

(新日本新書『パリ・コミューンの詩人たち』)