千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


  わが放浪
                     アルチュール・ランボオ
                     大島博光訳

 おれは出かけた 破れポケットに拳をつっこんで
 おれのマントもまた かたちばかり
 おれは空の下をゆき 美神(ミューズ)よ おん身に忠実だった
 おお おれはなんとすばらしい恋を夢みたことか

 おれの一張羅のズボンにも 大きな穴
 ──夢みる一寸法師のおれは 歩きながら
 脚韻(うた)をもいだ おれの宿屋は 大熊星
 ──おれの星は空で やさしくささやいていた
 おれはそれに聞き入った 街道のはたで
 心地よい九月の夕ぐれ おれは額のうえに
 強い酒のような 露の滴りをおぼえた
 
 幻想的な影のなかで 詩をつくりながら
 おれはぼろ靴のゴム紐を弾き鳴らしていた
 竪琴のように 片足を胸にかかえこんで!

   ◇    ◇    ◇
 パリを離れると、なだらかで広い小麦畑、とうもろこし畑、ぶどう畑が、これまた広大な森とこもごもにつづく・・・部落や人家というものがたいへん少い。シャンパーニュのひろいぶどう畑のうえに、ランスのカテドラルの尖塔がひょっこり小さく現われたりする。
 やがてあたりはもうアルデンヌの野である。「風の靴を穿(は)いた男」ランボオが、パリをめざして風のように歩いた野である。普仏(ふふつ)戦争や二回にわたる世界大戦では激戦地となった野であり、第二次大戦ではドイツの機械化部隊がムーズ河を渡り、この美しい野に轍の跡を刻み、パリに向けて怒涛の進撃をつづけたのだった・・・しかし、いまはそんな爪跡は見えない。ほとんど山も見えず、ときおり低いなだらかな丘が見えるばかり。川も濃い緑色によどんだまま、流れるともなくゆっくりと流れている。ときおり舟を浮べたり岸べで釣り糸を垂れている人が見える・・・。
 ランボオがさまよい歩いたのは、この野である。
(新日本新書『ランボオ』)