フランスの起床ラッパLa Diane Française: Louis Arag

ここでは、「フランスの起床ラッパLa Diane Française: Louis Arag」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


朗読家の西島史子さんがアラゴン「フランスの起床ラッパへの序曲」を朗読されていました。



<2010年11月3日に開かれた大島博光生誕100年記念のつどい(松代文化ホール)でのライブ録音>

フランスの起床ラッパ


 栄光あれ      ルイ・アラゴン

栄光あれ
祖国を裏切ろうとしなかったものたち
身を売ろうとはしなかったものたち
祖国の色をした若者たち
燃える心を灰のしたにかくして
いもりのかくれ家を 炎のなかに
   もとめた

わたしらの美しい友はどこにいる
この冬のなか あの若者たちはどこにいる
さびしく残った娘たちはつぶやく
やがてまた わたしたちに歌ってくれるため
あのひとたちは いま声をひそめ 身をひそめてるのだ
   あのひとたちの流儀で

母親は耳をかたむけ そっとため息をもらす
万一のことがなければよいが 気にかかる
あの子たちは何もなく 苦労してるにちがいない
売るものは足りるだろうか
うちから出かけていったときは
   妙に天気は暖かったが

しずまりかえった祖国よ 忍ぶような空よ
わたしは 子供らの身をおもう
あの子たちはどこか あばらやのなかで眠り
明けがたともなれば寒いだろう
つめたい風が容赦なく吹きこみ
   焚き火も消えるだろう

しかも家に残っているあるひとたちは
じっと地平線を見つめながら
戸棚によりかかって ぬくぬくと夢みている
たたかうひとや この恐ろしい季節を
敵の庁候や災難や裏切りを
   おそれはばからずに

裏切りは太鼓をうち鳴らし
義務をののしりちらし
そして敵のお仕着せを着て
白を黒と言い 愛を罪と呼び
汚辱を名誉と呼び 昼であるのに
   夜だと言う

だがわれらの息子たちは外敵を信じなかった
外敵の軍馬の その黒い馬具となるよりは
かれらはすすんで危険をえらんだのだ
そうして 雪が降りしきるとき
思え 思いみよ 雪のなかの
   あの若者たちを

フランスよ おんみの長子権をとりもどせ
おんみの息子たちの不屈さに
世界はおんみを見なおすのだ
フランスよ おんみは伝説のようによみがえる
おんみの若者たちの勝ちほこる
   その腕のなかに

われらはうち敗れたのか いやいや
あの「帝国」やコルシカのように
われらの国土は征服されはしなかった
われらの愛 われらの力
愛国者たちに 栄光あれ
   マキに栄光あれ

*1(訳注)コルシカ島は一七六八年ジェノアからフランスに売られた。
*2(訳注)コルシカの密林、密林にかくれるものの意。抵抗運動のパルチザンはマキと呼ばれた。

(『フランスの起床ラッパ』)


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見捨てられた女


(新日本文庫『フランスの起床ラッパ』)

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鏡のまえのエルザ



(『フランスの起床ラッパ』)


ナチ殉難者の像
ナチ殉難者の像(ペール・ラシェーズ墓地)



リヨン



(アラゴン詩集『フランスの起床ラッパ』新日本文庫1980年6月)

夜





未完の


(アラゴン詩集『フランスの起床ラッパ』新日本文庫1980年6月)

蝶



 フランスの歌     ルイ・アラゴン

わが大いなる都(まち)に またわたしは帰ってゆこう
そこにも 毎日それぞれの空模様があるだろう

空はいつものように 優しく晴れているだろう
だが 道ゆく人びとは つんぼのような顔をしているだろう

もしも一台のオルガンももう泣かないのなら
もしも鳩たちの鉛が ずっしりと重くなるのなら

どんな黒い秘密が あのざわめきをひき起すのだろう
なんと長い夜よるがもう愛をささやかないことだろう

なんという静けさだろう 自分の心臓の音がきこえるようだ
まるで中庭で歌をうたって もの乞いする男のように

いったいだれが 辻辻(つじつじ)にかかげたのだろう
異国の運転手のために 異国の言葉など

はじける砲火が 都(まち)の高みを 花と飾り
虚偽 欺瞞が わが「塔」に 住みつく

不幸な時代の いつわりの道化師は
熊の穴のなかで 手品をするふりをする

またあの いかきま師どもは バターの手をしていて
太鼓が鳴ると その手から弾丸(たま)が落っこちる

わたしは泥棒を見つけた だが どこにいるのか 救い手は
その勇気のゆえに 永遠に偉大な わが人民は

そこ 大いなる都(まち)に わが人民はいて
夜明けを待たずに立ち上がった.

(『フランスの起床ラッパ』)

フランスの起床ラッパ
 アラゴンの『詩法』にふれて
 
    ──新しい歌の高鳴りについて           大島博光

 『フランスの起床喇叭』の序文のなかで、アラゴンはヒュマニズムと革命的愛国主義にみちみちた一瞥を、祖国フランスとその民族史のうえに投げたのち、つぎのように書いている。
 「これが故国だつたと、ただ口さきで言つたり、大馨で否定したりしたひとびとから、誰が故国を考ええたろう? 祖国への冒涜や権謀術数などによつて、誰があの祖国と呼ばれるずつしりと重い意識に近ずくことができたろう? 突風が吹き起つて、もろもろの思想を枯葉のように吹きとばし、硬ばつた仮面をむしりとり、ついに長いあいだ隠されていた殉難者の素顔をそこに見出すようなとき、誰が祖国の呼び声をききとらぬばならなかつたか……
 さていまや、すべては思い出でも傳説でもなかった。苦難の底から、ふたたび栄光が──諸君の呼びたい名まえでいえば、あの太陽が、あの酒が、立ち現れた。……栄光は肉と血をもつ人間より成り、ひとびとのさなかさなかに立ち上る。かくてひとびとの眼のまえに、忘れられていた巨人たちが立ち現れたのだ。……異国の歩哨が見張つている停車場のなかへ、リュクサクを背負い、鋲のついた頑丈な靴をはいた若者たちがはいつてゆく。……夜、怪しい血の痕が光りに鈍く照らされていた。ひとの住まない家々が増えていつた。……
 それはまさに百鬼夜行であつた。……百千の冒険の時代であつた。脅迫と恐怖を秘めないような影とてはひとつもなく、むごたらしい場面を照らし出さないような光りとては、ひとつもなかつた。……だがいたるところ、大膽不敵なひとびとが立ち上つた。殉難やヒロイズムのなかに、突如として身を投げいれたひとびとのうちのひとりとして、祖国の労働者のひとりとして、その運命のまえに身じろぎもしなかつた、身を退きもしなかつた。普通平凡なフランス人がヘラクレスになつた。……わが祖国の砂を染めた血の痕を見たら、オツサの山にぺリオンの山を積み重ねた巨人たちも顔色を変えたにちがいない……
 そのとき、われわれはわれわれの流儀で、馨低く歌つた。そつとつぶやかれた繰返しが、口から口へ伝えられた。とある街の歩道で通行人がふと吹き鳴らす、心に泌みる歌をきくと、こんどは諸君が行きちがいの男に、知らず知らずにその歌を伝え、その男はその歌をまた遠くへ運んでゆく。
 われらの歌は変えられ、つけ加えられて、大きくふくれあがつた。民衆は何んという無限のこだまを秘めていることか、何んという神秘を! われらの歌は歌うともなく唇にのぼつてきた。わが國は、断崖にうち寄せるときの海のように、港の前で揺れる船のように、低く深くどよもした。わが國は世界の歌そのものとなつた。──すべての希望と絶望とを要約し、しかも自然と人間そのものを克服しようとする人間の意志でふくれあがつた音楽となつた。わが国は光りの射す方へと辿り、あけぼのを予感し、あけぼのは闘いであり、血と涙こそがあけぼのの蒼白い光りを輝かせるのだということを知つていた。歌うわが国は光りに近ずきつつあつた!
 そのときだ、フランスの起床喇叭が鳴りひびいたのは。」

 ナチの嵐にむかつて、嵐のなかで、フランスの詩人と民衆がどのように歌つたかが、この短かい文章からもよくうかがえると思う。「そつとつぶやかれたルフラン」、口から口へ伝えられた歌、「歌うわが國……」──これらの言葉は、たんに当時の状勢を詩的に物語るために使われているのではなく、詩人も民衆も、じつさいに「歌」をつくりだし、歌によつてひとびとが励まされ、結びつけられ、立ち上つたことを示している。そうしてアラゴンはみずから、この「歌」をつくりだすために、古い十二綴音格や、八脚音格や、中世的伝統の十綴音格の定型を、全く新しく磨き直し、新しい脚韻を試み、フランスの詩的伝統のシュルレアリストが、祖国フランスとその民族解放の時代に、「自由詩の専制」よりは「定型の自由」を選び、自由詩における「行別にする或る種のしかたは、人間にとつて、その帽子やズボンの皺ほどにも根本的だとは思われない。」と言つている。
 彼は『詩法』という詩のなかでも、言葉や脚韻についてつぎのように歌つている。

  「五月」の死者たち わが友らのために
  いまよりは ただ 彼らのために

  わたしの詩韻が あの武器のうえに
  流される涙のような魅力をもつてくれるように


  そうして吹く風とともに変る
  生けるひとびとのために

  わたしの詩韻が 死者たちの名において
  悔恨の白い刃を研ぎすましてくれるように

  絡みあう言葉たち 傷ついた言葉たち
  そこで罪人が叫びだすような詩韻

  言葉は 詩韻は 悲劇のさなかで
  水をうつ櫓のように二重の響きを奏でる

  平凡な言葉よ 詩韻よ 雨のように
  かがやく窓硝子のように

  ふと行きずりに見る鏡のように
  胴着のなかの萎れた花のように

  輪を廻して遊ぶ子供たちのように
  小川のなかにきらめく月のように

  戸棚のなかのねなしかずらのように
  思い出のなかのひとつの匂いのように

  詩韻よ 詩韻よ そこにわたしは
  高鳴る赤い血のぬくみを聴く

  思い出させてくれ われらもまた
  ひとびとのように猛々しいのだと

  そうしてわれらの心の崩折れるとき
  忘却からわれらを呼び覺ましてくれ

  虚ろな火屋が音立てる
  消えたランプに火を點してくれ

  わたしは歌う いつもいつまでも
  「五月」の死者たち わが友らのなかで

 ナチの嵐と悲劇のさなかにおいて、歌う武器としての詩について、その言葉と韻について、このようにうつくしく歌われた詩は、またそのまま偉大な「五月」の死者たちに捧げられているのであり、いな、「五月」の死者たちの英雄的な死とそのはげましと思い出のゆえにこそ、詩人はいよいよ「悔恨の白い刃を研ぎすます」ために、その詩法を磨くのである。
 この「五月」は、抵抗の英雄ポリッツェ、ドクウル、サロモン等がモン・ヴァレリアンで仆れたあの一九四二年の怖るべき五月を意味している。もつとも、詩人は敵の眼をくらますために、大戦初期における一九四〇年五月の死者たちとも受けとれるように書いており、さらにまた一八七一年のパリ・コンミュンの五月をもふくめているわけである。ここに、歴史的事實にたいする、ふくみに富んだ詩的表現の問題がある。

(『角笛』1号 1950.9)

アラゴンとフランスの起床ラッパ

<『前衛』1989年11月号>

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 詩人からその党へ
                    ルイ・アラゴン 大島博光訳

わたしの党は わたしの眼と記憶をひらいてくれた
わたしの血がこんなに赤く わたしの心はフランス人のものだと
子供が知っていることさえ わたしは何も知らなかった
わたしの知っていたのは ただ 夜は暗いということだった
わたしの党は わたしの 眼と記憶をひらいてくれた

わたしの党は わたしに叙事詩の感覚を教えてくれた
わたしは見る 糸紡ぐジャンヌを 角笛を吹くローランを
ふたたびヴェルコールの森に 英雄たちの時代がやってきた
いちばん素朴な言葉は 剣の音をたてるのだ
わたしの党は わたしに叙事詩の感覚を教えてくれた

わたしの党は わたしにフランスの色を教えてくれた
党よ わたしの党よ その教えを ありがとう
そのときから 怒りも愛も よろこびも苦しみも
すべてが わたしにとっては歌となる
わたしの党は わたしにフランスの色を教えてくれた

(『フランスの起床ラッパ』)


たたかう百の村
                        ルイ・アラゴン 大島博光訳

牧場よ さようなら おれの希望よ
さようなら 緑の野菜よ 麦畑よ
おれの ふみしぼった葡萄の実よ
さようなら 湧きでる泉の水よ フランスよ

さようなら 大空よ おれの生れ家よ
赤い屋根瓦よ 灰いろのスレートよ
おれはおまえに残してゆこう 小鳥たちを
桜んぼや娘たちを 木かげや地平線を

おれは持ってゆこう 荷物がわりに
むかしの巡礼の歌が そうしたように
百の村村の名を うたいつないで
匂う花のような その名のしらべを

それは 故郷(ふるさと)への愛と思い出を
おれの流儀でうたった 愛の歌
終りも閉じ金もない頸環のように
しらべをつないだ不思議な歌だ

それから おれの墓穴にかける
明るい褐(かち)いろの土くれを少しばかり
みんなに歌われる村村の名の
リフレーンといっしょに もって行こう

さようなら フォルレアンよ マランボーよ
ヴォロールヴィルよ ヴォルムランジュよ
アヴィズよ アヴォワーヌよ ヴァルランジュよ
アンヴァル・セットゥトルよ モンジボーよ

ファン・ラ・フォリーよ オーミュールよ アンダンスよ
ギヨーム・ベイルーズよ エスカルマンよ
ダンスヴォアールよ パルミリュよ パルマンよ
ラント・プルールよ カレスよ アボンダンスよ

さようなら ラ・ファロワーズよ ジャンゼよ
さようなら サン・デゼールよ ジャンデリーズよ
ジェルべパールよ ブレーズよ ジゥヴェリーズよ
フォンテーヌ・オ・ピールよ ジェヴェーゼよ

ひと息つこう おお生き返えるようだ
村村の名は 星のように
おれの咽喉(のど)で ふしぎな光を放つ
かりそめの故郷よ 流亡の悲しみをやわらげてくれ

おお なんという酔い心地 さてまた
ぞくぞくと続くその続きに取りかかり
飲もう 飲みほそう 村村の名を
その名の中に祖国は燃えたち怒り顛(ふる)えているのだ

エイグルフュイユ・ドーニュよ フゥイユーズよ
マニヤ・レトランジュよ フロランタンよ
ティルール・ダム・アニェよ ダマルタンよ
ヴェル・サン・ドニよ オーヴェールよ ジョワイユーズよ

クラマイユよ クレマレよ クレヴーよ
クレーシュ・シュル・サォーヌよ オールよ レ・マルスよ
クロワマールよ アンデよ ヴールよ ヴェマルスよ
アマランよ スュイユよ ル・ランデ・ヴーよ

ラームよ ソメーヌよ フラムランスよ
ソールよ ソルモンヌよ ソルメリーよ
ソメイユよ ラ・マラドルリーよ
ブッシィ・ル・ルポよ ソムランスよ

塗炭の苦しみをなめる わが祖国
それを思うと 血が頭にのぼる
ああ 魔神よ 魔神がいるなら
おれに注(つ)いでくれ 村村の名を

村村の名には わらびの茂みが
めらめらと燃えてゆくときの
鬼火のような かがやきがある
わらびの形にも似た 軽やかさがある

アンゴワスよ アダム・レ・パッサヴァンよ
ボルよ ラヴァンチュールよ アヴリル・シュル・ロワールよ
ラ・パルム・デピィよ トレメロワールよ
パッスフォンテーヌよ トレーズ・ヴァンよ

さようなら リル・デルの地よ
さようなら リルポンヌよエキュブレよ
翼ある名よ 大きく羽掃(はばた)け
飛び立て おれのつばめたち

そしてぐるっと廻われ 飛び廻われ
アルピヌを アリズ・サント・レイヌを
レ・スゥルス・ラ・マリーヌ エレイヌを
ジュ・レ・バール ジゴール ゲメネを

プレ・アン・パイユヘ トランクタイユヘ
ヴュヌーズへ また ヴェニジィヘ
リジエールヘ リジイヌヘ リジィヘ
タイユブールヘ アルク・ラ・バタイユへ

逞(たくま)しい若鷲のような名よ 遠く飛びゆけ
アルバン・デッシュよ アルバン・デッスーよ
空にほうり投げられた銅貨のような
ヴァルスメよ グラン・クールよ グランディロールよ

さようなら ひらめくヒ首(あいくち)のような
ケールよ そしてビスカロッスよ
おお サン・ジゥニエ・ド・コモラよ
さようなら ネロンドよ オルニーよ ガロッスよ

輝やかしい名をもつ 百の村村に
とどまる者は ひとりもいない
ああ 盗み取られてしまった村村よ
時は 血のように 流れ去る

ギターよ まだ手おくれでないならば
愛する百の名をかき鳴らしてくれ
薫(かお)る風にかおらせて 吹き送ってくれ
遠くへ行っても おれに聞こえるように

(『フランスの起床ラッパ』)
 わが祖国 祖国には多くの沼がある。そこにわたしは 多くの時代の不幸を読む……

 そうしてむろんのこと ひとびとは英雄たちの思い出にもまして 名もない廃兵たちの思い出を守りつづけてきた。廃兵たちこそ 最後の叙事詩に歌われるべきであったし それが最後のものとなるようにと ひとびとは希った。そこから 人類の教訓が引きだされた。それを否定したい者は 否定するがいい。けれども わたしは否定するわけにはゆかない。なぜなら 人間は人間にとって狼だということは 悲惨なことだから。たとえ この深くもあるが平凡な真理が しばしばひとりの哲学者から戦争へと 新聞の論説からひとりの狂人のあわれな頭脳へと その姿を現わすとはいえ。そしてむろんのこと あのどこの村にもある 大理石の戦死者記念碑にきざまれた長い金文字の名簿から ひとびとはささやかな栄光を引きだすと同時に 逆の教訓をとりだすこともできる。だから ひとびとは 平和を口にするひとたちの言葉に よろこんで耳を傾けて 平和は限りなく尊いものだ それは真実だと言い そこからたちまち推論して言ったものだ──平和のためにひとが払うだろうものは値がつけられぬ それはよく考えてみるねうちがある なぜなら 光は貴重なものだが、しかしそのために自分の二つの眼を抉(えぐ)りとられてまで あがなわねばならぬものではないと。それゆえ この問題については議論がはてしなくつづいて よく磨かれた武器を愛し 選ばれた将軍たちの袖を金や銀で飾る指揮権のしるしを愛するあの連中の憤激を呼び起こした。しかも、彼ら自身疑いを抱いていた目的のために 国民に武器を要求したあの人たちが すべてのものが高貴な戦いに運命づけられているわけではないとしてかれらを擁護したことに だれが反対しただろうか。

 わが祖国 わが祖国には多くの沼があり 昼と夜は 涙を血に変える……

 これが祖国だったと ただ口さきで言ったり大声で否定したりしたひとびとのうちの誰が祖国を考えただろうか。冒涜や権謀術数によって 誰があの祖国と呼ばれる ずっしりと重い意識に近づくことができただろうか。突風が吹き起こってもろもろの思想を枯葉のように吹きとばし 硬(こわ)ばった仮面を剥ぎ ついに 長いあいだ隠されていた殉難者の素顔がそこに見出されるようなとき 誰が祖国の呼び声をききとるべきだったろうか。これが祖国だったと 彼らはポケットのなかの旅行証ぐらいにも信じただろうか。彼らには何よりも金銭が祖国だったのだ。彼らは祖国に背を向けて 税額や為替相場や  法律の変更や 利潤の法制化ばかりを追い求めたのだ。そして国境にひろがる暗雲を 彼らは犯罪者の陰惨なよろこびを浮べて見つめたのだ そこから儲けを引きだそうとして。彼らは あの教養は浅いが ある種の歌には感激する わが国の名も知れぬ貧しいひとびとには振り向きもせず いつも上流の異国人と意気投合し 彼らのように上等な肉を食べ粋な服装に気をくばり 旅行に出かけ どこの国の言葉も少しずつ知っていて 会話にでてくるどんな名前にも驚かない。そんな連中にとって いったいこれが祖国などでありえただろうか。

 沼よ沼よ わが祖国のうえに かたちづくられ 降りてくる運命の重い歩みにも似た沼よ……
 そしてかつて オウヴェルニュのひとりの若者の顔を染めていたあの希望の思い出を 誰がしっかりとまもってきただろうか。馬術に秀で 詩を愛し 幼時より父の死に会い しかもローマの鷲の旗のうえに不敵な眼差しを投げていたあの若者を。山々から深い湖水にまでとどろき 谷間から海へと 野を越えて鳴りひびいたあの勇士の思い出を  誰がいったいまもってきただろうか。また彼は 他の者たちが裏切ったわが国土と一体となって運命を共にし 身振りも見ごとに われわれ特有のあの快活さで シーザーの足もとに剣と楯を投げつけたということを いったい誰が知っているだろうか。彼がそのとき のちの子孫たちのため 自分が囚われるに値いするものを学びとり 後の世のため 森のなかに消えうせたキムリス族*lの偉大な夢と ケルトの吟遊詩人たちのささやきを 自分のあとに残したのを いったい誰が思いだすだろうか。それには ヴァプロウの辞書をめくり ビエーヴル侯爵*2の戯曲「ヴェルサンジェトリックス*3」を読んでいただきたい。(ビエーヴル侯爵 この名前を見られよ。)

 わが祖国 わが祖国よ おんみの沼の底に 前兆にみちみちた歴史を おんみみずから読みとるがよい。さながら断末魔の荘厳な眼にも似たおんみの沼のなかに……

 ケルトの森に消えうせたキムリス族の偉大な夢の あの往時の戦慄を 陰謀と脅迫のさなかで いったい誰がまもりつづけてきただろうか。あの森のなかから ケルトの吟遊詩人たちの歌声が湧きあがった 忘れさられた数世紀の 湧き立つような興奮を。わが大地のうえの空に鳴りどよもした高揚を。泉を魅了したが征服しなかった あの魔法のような数行の言葉の威力を。不屈の若者たち 永遠に不屈の若者たちを武勲へと駆りたてた偉大さへの陶酔を。そして その武勲といえば 王妃を救いだし 牢獄をうち破り  龍(ドラゴン)を絞め殺し 巨人をうち倒すといったたぐいのものであり あの不義不正にみちみちた密林から現れる騎士には不思議にも似合わぬことばかりであった。そして ここにわが祖国ははじまる。

 わが祖国 わが祖国 わが祖国よ……

 さてこれからは 思い出でも伝説でもなかった。苦難のどん底から ふたたび栄光が燦然(さんぜん)と立ち現われる 諸君の好きな呼び名でいえば あの太陽が あの酒が 立ち現われる。それは決しておとぎ話でもなければ まぼろしでもない。栄光は肉と血をもった人間より成り ひとびとのなかから立ち上がる。こうしてひとびとは 忘れていた巨人たちを眼のあたりに見た。民衆などというものは 職人や臆病者の集りでちっぽけで無力なものだと 諸君はいままで信じてきたし そう繰り返し口にするほど言いきかされてきた。だが いまや眼のまえに 忘れていた巨人たちが立ち現われたのだ。異国の歩哨が見張っている停車場のなかヘ リュックサックを背負い 鋲のついた頑丈な靴をはいた若者たちが はいって行く。また 痩せてはいるが 背の高いがっちりした骨組の若者たちが たれも開けることのできぬ小さな鞄をかかえて はいって行く。
人気ないさびしい街の街角で 男と女たちは出会つても 小声でさえ愛をささやかなかった。夜 怪しい血の痕(あと)が、光に鈍く照らされていた。ひとの住まぬ空家がふえ わが国は その秘密で 波のようにふくれあがった。

 わが祖国……

 それは まさに百鬼夜行であった。いつか誰かが その光景をわたしよりも
うまく語ってくれよう。それは百千の冒険の時代であった。危険を秘めないよ
うな影とては ひとつもなく むごたらしい場面を照らしださないような光とては
 ひとつもなかった。もはや 流れは堰(せき)を信ずることができず 汽車はレールを 敵は明日を信ずることができなかった。いたるところから 大胆不敵なひとびとが立ちあがった。いつか ひとびとが イリアッドをさえせせら笑うほどの かず多くの武勇伝と胸の裂けるような悲壮とが いたるところに現われた。殉難や英雄主義のなかに突如として身を投げいれたひとびとのひとりとして 祖国の労働者たちのひとりとして おのれの運命をまえにしてたじろがなかった。一歩も後には退かなかった。平凡なフランス人がヘラクレスになった。ヘラクレスは 街に野にぞくぞくと現われた。屍の山を築くのに  誰ひとりためらわなかった。それにくらべれば あの一つ目の巨人のキュクロペスも小さく見えただろう。わが国の砂を染めた血の痕を見たら オッサの山にペリオンの山を積み重ねた巨人たちも 顔色を変えたにちがいない……

 わが租国……

 そのとき われわれは われわれの流儀で声をひそめて歌った。そっとつぶやかれた繰返しが 口から口へつたわってゆく。とある街の歩道で道ゆくひとが口笛で吹きならす妙に心に沁みる歌をきくと ひとは知らず知らず 行きちがったほかの男にその歌を伝え その男はそれをまた遠くへ運んでゆく。歌は口から口へ伝えられるうち 変えられ つけ加えられて 大きくふくれあがった。民衆はなんという無限のこだまを秘めていることだろう なんという神秘を! われわれの歌は ほとんど歌うともなく唇にのぼつてきた。わが国は断崖にうち寄せる海のように 港のまえで揺れる船のように ひくく深くどよもした。わが国は 世界の歌そのものとなり あらゆる希望と絶望とを要約する音楽となった。しかも自然と人間そのものを克服しようとする人間の意志でふくれあがっていた。わが国は深い夜のなかを 光の射しはじめる方へと辿り 夜明けを予感し 夜明けは闘いであり 血と涙こそが 夜明けの蒼白い光を輝かせるのだということを知っていた。わが祖国は歌ごえをあげて光に近づきつつあった…… そのときだ フランスの起床ラッパが鳴りひびいたのは。

*1(訳注)ケルト語を用いた往時の一種族。
*2(訳注)ビエーヴル侯爵(一七四七-一八二五)──パリに生る。文学者。その駄洒落によって有名。
*3(訳注)西紀前七二年頃、アルヴェルヌ (こんにちのオウヴェルニュ)に生れたゴオルの将軍。雄弁家にして勇敢な彼は、五十二歳のとき、シーザーに対抗するためゴオル諸民族の同盟をつくり、その盟主となった。ジエゴォヴィの防衛に成功したが、彼はシーザーに捕えられ、アレスタに閉じこめられた。ゴオルの軍隊が彼の救出に赴いたが失敗し、彼はローマに連れ去られ、六年間の幽閉ののち死刑になる。

<アラゴン「フランスの起床ラッパ」─イントロダクション>

 おお 夕ぐれのわが祖国の 大地の沼よ・・・


 思い出せば 遠いむかしから 人生はあの習慣に彩られ めぐる季節季節によって いろいろの陰影(ニュアンス)を帯び、ひとびとの気分の流れも 太陽や風とともに移り変った。思い出せば 遠いむかしから 漁師の家族があり 空飛ぶ鳥を巧みに射落し 森の獣を狩る猟師たちがいた。父から子へと 木工の秘法を伝え 鉄を曲げ 柳を編むすべを知っている職人たちがいた。自分のために働くひとびともいれば ほかのひとのために身を粉にして働くひとびともいた。そして 奇妙な掛布を着せた馬にまたがって通ってゆく 領主や奥方の姿が見えた。彼らは ききとりにくい言葉で話した。それは 彼らの駿馬が速かったからというよりは 彼らのあまりにも大きな館(やかた)のなかから生れでた奇妙な考えのゆえであった。中庭の綱のうえで肌着類が乾いていた。あちらこちら 鳥に荒された畝(うね)のなかで 農夫たちが曲った背なかを伸ばしていた。教会があり そして教会へ行かないひとたちがいた。酒場では議論が湧きたち 花瓶をおいた露台(バルコン)があった。泉のほとりでは女たちが笑いさざめき 歌いながら通りすぎて行く兵士たちがいた。
 思い出せば 遠い昔かち 水は澄んだり 濁ったりし 犬は吠えたて 若者たちは 誰がいちばん遠くまで石を投げるか腕くらべをし 歌は愛と春を告げていた。

 わが祖国 わが祖国には多くの沼があり 陽の沈む夕暮れ 沼の面にわたしは読む……

 思い出せば 遠いむかしから それは必ずしもわれわれにとって住み心地のよい世界でもなければ 好みにあった世界でもなかった。公平でもなければ 嵐の吹かない世界でもなかった。道具に傷ついた手で けんめいに思い出せば はるか遠いむかしから 道路工夫の眼には石のかけらが飛びはね 弱い物たちの悲劇と ごろつきどもの横暴があり 町々の戸口に手を差しのべる哀れなひとびとがあり 裏切られたはかない夢と 見捨てられた子供たちがあった。それは やさしい 恵みにみちた世界でもなければ 支払われるべきものが支私われ 葡萄畑が公平に分配されるような世界でもなく 息子は自分より可愛がられる兄弟を見て泣き 母親は消えうせた青春を想って泣いた。ひとかけらの土地や 一丁の壊れた武器や 盗まれた娘や はては酔いどれの雑言などをめぐつて ひとびとは たがいに争いあった。そこには 自分の生まれを恥じる私生児たちがうろつき 悪辣で抜けめのない親分たちが 賭博場の緑のテーブルを囲んで張合い 法廷で縄張り争いをくりかえした。絞首台が取り壊されても 道行くひとびとは もう振り返りもしなかった。ひとびとは どうにかこうにか冬から春へ 春から秋へと 雪や 咲く花や 暑さや 凋落を告げる紅葉など 年ごとの奇蹟をふみ越えて行った。それは いつでもよく知られている もう誰も話題にもしないような生活であった。

 わが祖囲 わが祖国には多くの沼がある。夕暮れ 沼の面に 飛んでゆく鳥たちのおとす影を 私は読む……

 思い出し さらに想い出してみれば 遠いむかしから すべてはなるがままに運び 哲学者たちは頭を振ってうなずき ほかのひとびとはつぶやいた 世界の中はこうしたものなんだと。船主は船をつくり 海図をひろげて 香料を運ぶ船の航路を 指でさし示した。あるものには代数学の満足があり あるものには船を漕ぐ幸福があり また他のものに眠りの救いがあった。撞球の選手たちもいれば 氷河(やま)に挑む登山気狂いがあり トランプ遊びに耽(ふけ)るひとびともいた。管楽器や絃楽器の異様な騒音に聴き入る群集もあれば、また鹿を追い立てる猟犬のようにボールを追いかけるひとびとのまわりで わめき叫ぶ群衆もいた。そうして 大地の泥のなかにもさまざまの星があり 狂気と偉大さとまずしいひとたちの日日の動揺と権力者たちの深い野望があった。

 わが祖国 わが祖国には多くの沼がある。そこに祖国をすてて逃げ去るもののとり乱した身振りが映り 風の足跡がさざ披を立てる……

 これが祖国だったと いったい誰が心にとめただろうか。それは多くの本のなかに書きつくされ 学校では平板で 大げさで 色褪せた詩が繰り返し教えこまれ ひとは長いあいだそれを暗誦することもできた。詩には昔の戦争が歌われ 額に包帯をした英雄たちが旗竿を握りしめながら どっと大地に倒れていった。だが これが祖国だったと いったい誰が心にとめただろうか。寝台があり ランプがあり 葡萄酒があり 小麦があった。もう ひとびとの心をうつ力を失ったこれらのものも なお 美しい童話や 恋愛詩(ロマンス)や もはや歌詞の聞かれなくなった行進曲のなかに 生き残った。この祖国からは ただその言葉だけが残った。美しい言葉はすべてに役立った。遠いむかしから家に伝わった家宝のように ひとはそれを何んにでも使う。窓が閉らないようにも使えば 子供は線を引くための定規にも用いる。それはひじょうに便利な文鎮なのだ。この国こそが われわれの祖国だったと いったい誰が心にとめてきただろうか。そしてあの嫉妬の情や隣人への憎悪や 家柄を誇る傲慢などをなくすことは たしかに一つの進歩であった。暗黒からの大きな進歩であり 虚無からの大きな進歩であった。
続く

<アラゴン「フランスの起床ラッパ」新日本文庫>

 すべての女たちのなかのひとりの女を

太鼓の音に誘われて現れる 腕の白い召使いたち
場末の戸口に立って笑いさざめく針女(おはりこ)たち

歌いながら行く娘たち 行きずりの名もない女たち
きみたちはオペラだ 大砲の音を消してしまう

あるものは月の光り あるものは雪の匂い
彼女たちのやりくりでひろい世界が廻る

裸足の王たちが 安息日の祭りを見まもる
あの黄金色の国から ベレニスはやってきた

誤って相争う フランスの空の下に眠る
生(き)のままの色をしたマリヤの なんと美しいこと          
髪の毛も明るいアストリッド*1よ アニエトース・ド・メラニー*2よ
おお 太陽よりも輝かしい二十歳(はたち)の女王たち

塔のうえで 念入りのおめかしで恋人を待っている
きれ長の眼をした奥方たち

すべての女たちが 胸ふるわせる甘いこだまをみつけ
愛は鳴りひびき 忘れた歌がもどってくるだろう

たとえ どんな悲惨のどん底にあろうと
荒涼と眼には何も映らず みんなの心が黙りこもうと

声のかすれるまで、せめてわたしは歌おう
ひとがアエリスを語るとき わたしはエルザを歌おう

*1 アストリッド(1905-1935)──当時、ナチスに侵略されたベルギー王レオポルド三世の妃。
*2 チロルのメラニー公爵の娘。一一九六年、フィリップ・アウガストの三番目の妃となる。

(『フランスの起床ラッパ』)