「ひとつの愛の詞華集」

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。




女について


女について



女について  


わたしは昔から・・・
                         フランシス・ジャム


わたしは昔から クララ・デレブーズが好きだ
あの娘は 古い寄宿学校の 女学生だった
暑い夕暮れには よく 菩提樹の木かげに
むかしの絵入り雑誌を 読みに行ったものだ

わたしが愛しているのは ただあの娘だけだ
白い咽喉(のど)のあたりのほの蒼さが 眼に浮かぶ
どこにいるやら あの幸福はどこに行ったやら
彼女の明るい部屋に 幸福はよく忍び込んだものだ

あの娘は まだ死んでいないかも知れない
あるいは わたしら二人とも死んでるのかも知れぬ
古い古い「夏」の終りの 冷たい風に吹かれて
ひろい庭には 枯葉がいちめん散っている
きみは 貝殻のそばの 大きな壺に挿してあった
あの孔雀の羽根を 思い出さないか?
船が難破したとみんなが騒いでいたっけ
ニューファウンドランドを「洲(パン)」と呼んでいたっけ

おいで おいで いとしいクララ・デレブーズよ
生きてたら もう一度 わたしらは愛しあおう
古い庭には 古いチューリップが咲くんだよ
裸かで おいで おお クララ・デレブーズよ

しあわせな二人の恋びとたちは・・・
                             パブロ・ネルーダ/大島博光訳

しあわせな二人の恋びとたちはもはや一つのパンとなり
草のなかの 月に照らされるひとつぶの露となる
歩いてゆく その二つの影さえ ひとつになり
寝床には ただひとつのうつろな太陽がのこる

かれらの誠実さは まひるのようにまぎれもない
二人を結びつけているのは絆(きずな)ではなく 匂いなのだ
彼らは喧嘩をしたり 約束を破ったりはしない
かれらのしあわせは 透(す)きとおった塔のようだ

歌と葡萄酒が 二人の恋びとたちのお伴をする
夜は二人に しあわせな花束をおくりとどける
たちまちカーネーションが二人のところで花さくのだ

しあわせな二人の恋びとたちには 終りも死もないだろう
生きている限り 何度でも生まれては死ぬだろう
かれらは 自然の永遠さを手に入れているのだ

<「百の愛のソネット」>


 A・L氏へ(抄)
                 マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール/大島博光訳

この町が血に浸って恐怖に慄えおののいていたとき
爆弾や弾丸が 街通りという街通りを掃射し
早鐘がおびえて呻くように鳴らされていたとき
屋根の下で戦火を避けていた父親や子供たちを
赤い火の手が その長い腕をひろげて
その炎の腕を組んで 締めあげていたとき
わたしはそこにいた! 虐殺のためにきたえられた
巧みな死神が 穴倉を揺さぶってぶち壊し
残酷な足で 屋根組を踏んづけて崩しさり
卑劣にも 老人や若者や 清らかな揺りかごのそばで
案じ苦しむ母親の息の根にとどめをさしていたとき
そして母親の再び閉じた脇腹が墓穴と化したそのとき
わたしはそこにいて 炎のなかに死にゆく町の声を聞いていた
わたしは生きた心地もなく立ち会っていた
弾丸によって肉体から引き裂かれた魂たちの昇天に
なんと怖ろしい祭り もろもろの死の歌がひびいていた
喘ぐような鐘の音(ね) 太鼓の音 弾丸の音
石畳のうえに飛び散った血の 最後の叫び
それは見るも怖ろしかった それでもわたしの眼は
窓硝子にはりついて 空のなかを探しもとめた
その住みかを離れた魂が 血まみれになって
この泣き悲しむ世界のうえをさまよっていないか
私は耳傾けた もしか誰かが別れに私の名を呼んで
神へ逃げるようにと わたしを励ましてくれなかったかと
だが巣(ねぐら)は泣きわめいていた! しかも残忍な兵隊どもは
この下司どもは その恐るべき義務をはるかに越えて
まだよく目の見えない子供まで うち殺して
その口の中の まだ温かい乳まで赤く血で染めた・・・

叫びをあげる民衆の偉大さが わかりますか
はるか遠い姉妹たちの憐れみをもとめながら
経帷子(きょうかたびら)に その蒼ざめた半分を縫いつけながら
荒れ狂う市民戦争の 馬のひずめに踏みにじられ
虐殺された 一つの町の哀れさが わかりますか
経帷子(きょうかたびら)に包まれた町の冷たさが わかりますか
わたしたちが どの家の敷居に立ってみようと
わたしたちには この喪を悲しむ言葉もなかった・・・

<ワープロ原稿>
 「捨てられた女」の詩人ヴァルモール

 マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール(一七八六ー一八五九)は、ルイズ・ラベとならんでフランスの偉大な女流詩人である。アラゴンは、ある講演のなかで、フランスの詩の歴史のなかにある「あの現実という金の粒」や「あの人類の光」を消し去ってはならぬと前置きして、さらつぎのように呼びかけている。
 「一八三四年、リヨンの織物工たちが蜂起したとき、マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモールがあげた叫び、犠牲となった労働者たちの声そのものであったあの叫びをわすれさせてはならない・・・」(飯塚書店「アラゴン選集」第二巻二七九ページ)
 ヴァルモールのこの叫びは、一八七二年、虐殺され流刑にされたコミューヌ戦士を前にしてあげた、ヴィクトル・ユゴーの激烈な抗議の声に先駆けたものであった。
 一八三一年十一月、リヨンにおいては絹織物業がイギリスその他の国との競争のために不振となり、休業がふえ、労賃の切り下げが行われた。およそ三万の絹織物工たちが賃金の値上げを要求して立ち上った。彼らは「働きながら生きるか、それとも戦って死ぬか」としるした黒旗をかかげて戦ったが、のちにパリの正規軍によって鎮圧された。時の七月王制政府はますます反動的になり、一八三四年三月、あらゆる結社、定期的集会を禁止するにいたった。これに抗議して共和主義者たちは宣伝を強化した。リヨンでは一八三一年に蜂起した記憶がまだ生まなましく残っていたので、政府の新しい法律の制定と労働者の逮捕に抗して、一八三四年四月、ふたたび絹織物工たちが蜂起したのであった。蜂起は四日間の死闘ののち、蜂起した労働者たちがコルドリエ協会において銃殺されたのを最後に、鎮圧された。(以上は西海太郎「フランス現代政治社会史」による)
 ヴァルモールのつぎの詩は、弾圧のむごたらしさと、人殺しどもの冷酷さを、ふるえる怒りをもってあばきだしている。

 街なかで

    ─不吉な日のリヨンで
                        マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモール

もう わたしたちには 死者たちを葬る 金もない
牧師はそこにいて 葬式の値段を指さしている
横たわった死体の群は 一斉射撃で穴だらけにされて
経帷子を 十字架を 悔恨(くやみ)の言葉を 待っているのだ

人殺しどもは勝ち誇って 口笛ふいて 通ってゆく
どこへ? お役所へ 血の代金を受けとりにゆくのだ
奴らは人民の血をまき散らしたが その手は疲れない
その手は 戦うまもなく 道ゆく人を刺し殺した

神もとくとご照覧になられた 天に飛びさった女子供を
神は 踏みにじられた花ばなのように 摘みたもうた
男たちは・・・眼まで 血のなかに漬かっている
怒りわななくその魂を 風も吹き払うことはできなかった

魂は自分の死んだからだから 離れようとはしない
牧師はそこにいて 葬式の値段を 指さしている
横たわった死体の群は 一斉射撃で穴だらけにされて
経帷子を 十字架を 悔恨(くやみ)の言葉を 待っているのだ
生者ももう 危険を冒してまで生きようとはしない
道のまんなかに立つ 金(かね)で雇われた 見張り番よ
死者は 不屈な証人をじっと見守り 解き放つ兵士だ
明日 その不屈な証人は はっきりと証言するだろう・・・

 女たち

黒い喪のリボンをつけて 涙のかぎり泣きましょう
傷ついた人たち 運ぶことさえ 禁じられたのです
その人たちはもう 蒼ざめた屍(むくろ)の山になりました
神よ その人たちを哀れみ給え みんなだれひとり武器ももっていなかったのです
       一八三四年四月四日 リヨンにて

(以下略)


<自筆原稿>


「短大で詩を教える」という平田俊子さんの連載エッセイ(東京新聞1月25日夕刊)に、授業でマリー・ローランサンの「鎮静剤」などを複数の人の訳で紹介したとありました。博光の訳は「鎮痛剤」という表題でしたが、調べてみるとどちらの表題もつかわれています。Le Calmant by Marie Laurencin マリー・ローランサン「鎮静剤」「鎭靜劑」「鎮痛剤」
 覚えているか バルバラよ
                              ジャック・プレヴェール/大島博光訳

覚えているか バルバラよ
あの日ブレストに おやみなく雨が降っていた
きみは 微笑みをうかべ
うれしそうに明るく顔を輝かせて
雨のなかを歩いていた
覚えているか バルバラよ
ブレストに おやみなく雨が降っていた
シアム街で わたしはきみとすれちがった
きみは微笑んだ
同じように わたしも微笑んだ
覚えているか バルバラよ
きみを わたしは知らなかった
きみも わたしを知らなかった
覚えているか
それでも あの日を覚えているか
忘れずに思い出せ
ひとりの男がポーチのかげに身を寄せていて
きみの名を叫んだのだ
バルバラ と
するときみは 雨のなかを彼のそばに駆けよった
明るく顔を輝かせて うれしそうに
そして 彼の腕のなかに身を投げた
それを覚えているか バルバラよ
わたしが 「きみ」と親しげに呼んでも
きみは そういうわたしに答えてはくれまい
それでもわたしは 愛するものすべてにきみと言う
一度も会ったことのないひとにさえも
愛しあうすべてのひとに わたしはきみと言う
その人たちを知らなくとも
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 花摘み
               シャルル・クロ(1842~1888)

それは ほんとうに小さな宿なし娘
彼女は どこからともなくやってきた
ぼくは 彼女を動物のように愛した
おお 青春とは なんという祭りだろう!

彼女のうなじにキッスをすると
キャッキャッと笑って ぼくを狂いたたせる
きんぽうげ けいとう ひな菊などが
抱きあったぼくたちを 見まもっていた

林のなかの空地は 金塗りの客間(サロン)のようだ
黄色い蜜蜂たちが 自分によく似た
黄色い花ばなに 群がっている

ぼくだけが 猛り狂った黒い雀蜂で
彼女の紅いくちびるにくちづけして
この黄金(こがね)色の乱れ咲きに 黒いしみをつける

 鎮痛剤
                    マリー・ローランサン/大島博光訳

いらいらよりも悲しく
  悲しいよりも
    不幸で
不幸であるよりも
  苦しくて
苦しいよりも
  捨てられて
捨てられるよりも
  ひとりぼっちになり
ひとりぼっちよりも
  追い出され
追い出されるよりも
  死に
死ぬよりも
  忘れられ

幸福とエルザについての散文(抄)
                         ルイ・アラゴン
 
ああわたしには 秋の薔薇を語らないでくれ
わたしはいつも愛するのだ 若者の清らかな額(ひたい)を
あのまぶたのしたに秘めたアネモネ色の眼を
きみがさり気なく わたしの肩に頭をよせて
わたしにくれた春ゆえに わたしは生きる

きみへのわたしの愛は 何ものにもまさる
生を支える ほかのすべての理由にもまさる
きみゆえに わたしの生(いのち)は闇からよみがえる
きみゆえにわたしは生きる わが青春エルザよ
おお わたしの心の四季 色とりどりの光よ
エルザ わたしの渇き わたしの露よ

むかしはただ 反対することしか知らなかった
むかしはしょっちゅう 黒にばかり賭けていた
きみに逢わなかったら どうなっていたろう
時計の文字盤のうえで 止まっていた針は
きみに逢わなかったら 眠りの森の眠り男は
片言ばかり言っていたわたしは どうなっていたろう
                                         
すべてはきみのおかげ わたしはきみの挨(ほこり)でしかない 
わたしの歌のどの言葉も きみから出てきたものだ
きみがそこに足をおく時 足の下の石がわたしだ

わたしに栄光と偉大があるとすれば それはきみの常春藤(きずた)
わたしは きみがそこに自分を見いだす 忠実な鏡だ
わたしは きみの影であり きみの銅貨なのだ

この世のことどもは みんな きみから習った
それ以来 きみの流儀で この世を見てきた
すべてをきみから習った 泉で水を飲むように
夜空のなかの 遠い星ぼしを読みとるように
歌いながら道をゆく人から 歌をきき覚えるように
身ぶるいの意味まで わたしはきみに教わった

夜が明けて昼になれば 空は青く晴れるものだ
幸福(しあわせ)は 酒場の暗いランプのかげなどにはない
こういうことまで きみから教わったのだ
二人で生きるとはどういうことか もはや人は知らぬ
その現代の地獄で きみはわたしの手を執ってくれた
わたしの手を執って わたしを幸福な恋人にしてくれた

(飯塚書店『アラゴン選集』第三巻)
恋するひとをもたぬ娘は
                        クリスティヌ・ド・ピサン(1344-1430)

恋するひとを もたぬ娘は
だれに悲しみを 告げるやら?

恋するひとを もたぬ娘は
どのようにして 生きるのやら?

夜も眠れず 昼はまどろみ
夜どおしいつも 眼ざめている
愛が彼女を 眼ざめさせ
愛が彼女を 眠らせぬ

恋するひとを もたぬ娘は
想いを だれに告げるやら?

二人ももってる 娘もいる
二人 三人 いや 四人も

でも ちちくりあう恋びとは
わたしにはただ ひとりだけ
ああ 楽しい時は 流れさり
わたしの乳房は しなび始める

恋するひとを もたぬ娘は
想いを だれに 告げるやら?

人間らしい 欲望も
熱情も あるのだから

わたしの若い 年頃で
ひとりぼっちに なったなら
あんなに退屈して 生きるより
いっそ ひと思いに 死ぬ方がいい

恋するひとを もたぬ娘は
想いを だれに 告げるやら?

*  *  *  *  *
「ひとつの愛の詞華集(アントロジー)」2番目の詩