千曲川・故郷の詩

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。





夏の夕



  (作文清書帳 埴科中学校二年)

夕空


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 山の村
             大島博光

山の村に親類があって
ぼくは子どもの頃よく遊びに行った
ぼくの家は里のほうにあったので
山の村はめずらしくておもしろかった

山の村は 西向きの山すそから
やまの斜面をはいあがるようにして
上のほうにも 横っちょのほうにも
遠い奥のほうにも散らばっていた

でこぼこ石の坂道を登ってゆくと
水車が苔(こけ)をつけたまんまとまっていて
谷川のすんだ水だけが 泡立ちながら
その音をたてて流れていた

ひょいと見ると
かべ土の崩れかけた土蔵のわきに
ざくろの実が 赤くえみわれて
西日にかがいていたりした

山の桑畑の斜面のまんなかに
柿の木がいっぽん
黄いろい実をいっぱいつけて
ぽつんと 立ってもた

雪がちらほら舞ってる冬の日
みのを着たおじさんたちが そりで
切り口もあたらしい杉の木を何本も
山のほうからひきおろしてきた

狐いろの山はだのなかから
思いもかけぬ高いあたりから
炭焼きの煙が すんだ空に
白く立ちのぼっていることもあった

春祭りの頃 高いところから見おろすと
桃やあんずの花があちこちに咲いて
村は花のなかにうずまってしまい
あたたかいかげろうに煙っていた

芽ぶきはじめた雑木林のなかに
花火のひらいたようなかたちに
こぶしの木が白い花をつけるのも
たしか その頃だったろうか

すがれていた桑畑がみどりになると
どこの家でもかいこを飼いはじめました
桑畑から桑の若葉をつんできて
夜なかにも起きてかいこに桑をくれた

芋虫のように大きくなったかいこは
雨の降るような音をたてて
みんないっせいに青い桑の葉をたべた
家じゅうが蚕だらけだった

ひと月あまりものあいだ
夜のめもねずに とったまゆを
町のまゆ買いが まわってきて
安いねだんで買いたたいて行った

大きな竹かごに まゆを入れて
おじさんたちはしょいこでしょったり
荷車にのせて 村の坂道をくだって
ひろい田んぼの向うの町まではこんだ

町のまんなかの まゆ買いの店の
広くてうす暗い板のまのへやに
おじさんたちの苦労してとったまゆは
小さな雪山のように積みあげられた

ぼくは東京でくらしていて思い出すのだ
ふるさとのうつくしい風景といっしょに
一生けんめいに働いて生きている
なつかしい村のひとたちのことを

             一九六六年三月

(草稿)

*「山の村と村のひとたち」のもとの原稿になります。親類の家のあった村がどこなのか、知りたいと思いました。
杏と詩
杏と詩
杏と詩
杏と詩
杏と詩

千曲川その水

千曲川 その水に

 ─その名の水にきざまれしものここに眠る
            ─キーツ墓碑銘

吹く風が 足跡を残してゆく水
嵐の日には 怒り波たちさわぐ水

その水に わたしは青い魚を見た
その水に 春の夕ぐれ笹舟を流した

その水のほとりで わたしはたべた
むらさきに熟れた 桑の実をもいで

その水の深み浅みを わたしは
太陽や泡といっしょに 泳いだ

その水に映った 菫の花に見とれた
その水に わたしはきみの名を書いた

その水に 働く姿を映した人たち
麦踏みをし 桑摘みをした人たち

その水べにも 血まみれの地獄があり
呻きや怒りや 叫びやたたかいがあった

五加村の人びとの 闘いの雄叫びは
いち早く ものの本にも書きこまれた

皆神山の王のための 地下壕は
朝鮮の人たちの血で 血ぬられた

その水の岸べを 旗をはためかせながら
歌いながら 進んでゆく若ものたち

聞けば 開発の波がおしよせてきて
その水の岸べを 削り荒らしているとか

だが わたしの心のなかの水の流れを
だれが汚し 奪いとることができよう

その水は わたしの夢のなかを流れ
その水は わたしの血のなかを流れ

わたしの生まれる ずっと前から流れ
わたしの死んだあとも 流れつづけ

その水に わたしは生を飲んだのだ
千曲川よ


     (一九九一年)
     「狼煙」五十七号
千曲川
                  大島博光

千曲川は 澄んで流れる
わたしの 夢のなかにも
さらさらと 流れる水に
子供の日のささぶねを 浮かべて

千曲川の つくしの土手で
春 三月 凧をあげた
糸が切れて 凧は遠く
飛んでいった 柳の枝へ

千曲川 日ぐれの河原
月見草 黄色いともしび
はじめて ひとを恋うた
月のように 淡いひとを

黄色い ポプラの枯葉の
秋の陽に 舞い散る流れに
ひねもす 糸をたれて
青い魚を むしんに待った

一九七九年十二月

(自筆原稿)

千曲川
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千曲川よ
                  大島博光

千曲川よ わたしはおまえの息子だ
おお おまえの岸べで過ごした 子供の頃よ
春の風にそよぐ 麦の穂波のなかに
わたしは 雲雀の巣を探してまわった

澄んだ流れで 泳ぎ疲れた背を
中洲の砂にはらばって 太陽で灼いた
月見草の咲く河原で 石を投げ
日本アルプスに沈む 夕日にみとれた

川やなぎの枝で 雉子鳩の啼くころ
あざみの咲く土手を さまよった
はかないはつ恋の 痛みを抱いて

十月 柿の葉を透かした月の光よ
遠い 見知らぬ世界に 想いを馳せて
わたしは 夢みがちな若者になった

   *

(自筆原稿)

夏