天皇の戦争責任

ここでは、「天皇の戦争責任」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


「皇居前でひざずづいて、戦争に負けたことを天皇におわびする人たち」
来年度からの教科書見本を閲覧したら、「新しい歴史教科書」では敗戦のところにこの写真と解説を載せていました。
何も知らない子供はこれを読んで、「天皇のために国民はこの戦争に勝たなければいけなかった、国民の努力が足りなかった」と思ってしまうでしょう。影響を考えると恐ろしい、侵略戦争賛美の教科書です。

皇居前で

(天皇の戦争責任にかんしての博光の下書きがありました)

天皇制
軍国主義──天皇の統帥権がつねに政治を引っぱっていったという特異な国家構造が侵略戦争を招いた

国民は無批判状態におかれた
言論の自由もなく
民主主義もなかった

アメリカの対日占領政策─政治的思惑から 戦争の最高責任者である昭和天皇を免罪しました
このために 歴史の重大な欠落 わい曲がともなった
自民党は 天皇を免罪し 天皇制の官僚出身者が主流を占めてつくった政党。
戦争責任を明らかにしてゆけば
自分たちの戦争責任も問われなければならない
自分たちの正当性を確認するために
あらためて歴史の偽造をせざるを得ない
   *
戦前──皇国史観にもとづく
国家公認の価値観を 国民に力で注入した

アメリカ労働運動活動家ジョン・マクエング
歴史は未来のためにある
人類の希望の目覚めにたいする
最大の裏切りの崩壊を予見し そのショックを吸収し、その原因を分析し
踏みにじられた社会主義の諸原則を「汚染除去して」再確認し、未来への進路を指し示している
(下書き 1995年頃)

NHKラジオ 新日曜名作座で、『田辺元・野上弥生子往復書簡』を放送していました。哲学者田辺元は昭和20年3月京都大学教授を退官したあと、北軽井沢に移住し、以後ずっとそこで隠遁的生活を送った。戦争中、大学教授として学徒を戦場に送り出したことと日本を悲運に導いたことへの責任を感じたためという。
 「敗戦時、天皇が責任を取って切腹するか処刑されていれば、子供たちへ戦争責任の話がわかりやすく出来るのに、それがなかったためにうまく教育ができなくなった」と教員の方から伺ったとの小林さんの話を連想しました。侵略戦争を賛美し推進した多くの指導者が責任を取らずあいまいにしたまま戦後の政治に復権し、あまつさえ自虐史観などといって侵略戦争自体を否定しようとしていることからすれば、田辺元は誠実な生き方をしたといえる。
 アジアの人々と自国民にはかりしれない悲惨な犠牲を与えた侵略戦争の最大の責任者がまったく責任を負わずにあいまいにしていることは、日本人の道徳観や正義感をゆるがせるとともに世界の人々からの信頼をえられない原因になっているのではないか。
 さすがに天皇も戦犯を祀った靖国神社だけには参拝できなかった。