ベトナム詩集 Translated poems of Vietnam

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


 ベトナム万歳
                クロード・パリ 大島博光訳

希望は 偉大な力だ
武器よりも強い

愛する心は
勝利するだろう
それはこんな風になるだろう

ペストは 招かれざる客どもの
腹わたに浸みわたるだろう
ベトナム人民の
憎しみのペストは

火薬にまみれた黒い手の
怪物どもは
指のなかの松明も消え
顔を焼かれ
竹釘に刺されたかかとで逃げ出すだろう

太陽は 田んぼの上に照りつづけ
牛たちはびっくりするだろう
団結したベトナムのうえに
もどってきた静けさに

(「詩人会議」1969.12)

ひまわり



プーサ村


プーサ村


 裸婦像

[プーサ村のリー・チー・ヒエンに]の続きを読む


地理



(『ベトナム詩集』)


[フイ・カーン「地理──キューバの兄弟的人民へ」]の続きを読む
 わたしたちは網を編む タインホア省クワンスオン区クワンチアン村の 網を編む娘たちに
                        アイン・トー

   黄いろい絹のより糸で
   わたしたちは投網を編む
   白い麻糸で
   引網を編む
   銃は 竹棚できらめき
   腰の革帯には 重い弾薬入れ
   みどりの救急袋が風にゆれている
   みどりの榔子の枝で

   ある娘たちは 編みながら
   もうまなざしは夢み心地
   夜どおしいっぱい 夜なべをしたからだ
   ほかの娘たちは 編み針をみがきながら
   こいびととの別れの歌を口ずさんでいる

   またある娘たちは
   軍隊に招集されて戦った
   けさのことを思い出している

   こんぐらかった絹糸を一本一本とり出し
   麻糸の糸まりを一つ一つほぐして
   す速い手つきで 網を編む
   網は 季節風の吹くなかに張ってある
   そうして若い娘たちは まひるの戦闘を思い出すのだ
   彼女たちは 網をそっちのけにして 銃をとると
   村のざんごうの中を走りまわった
   どこででも 弾丸が音をたてた
   網を編むそのおなじ手が
   砂丘のうえに 敵機を射ち落したのだ!

   投網はどんどん絹糸をくう
   引網は 新しい編み目をふやしていく
   陽(ひ)よけが 夏の陽ざしでみどりになる
   椰子の林のこかげで
   海鳴りの音をききながら よるもひるも
   わたしたちは す速い指さばきで網を編む

   投網は モイという肉の甘い魚をとる
   ラムという魚もとる
   引網は 月夜のなかを出ていって
   鱈(たら)や ニュックをとる
   みどり色の胴をした蟹や
   身がやわらかくて 匂いのいいチャゴイをとる
   わたしたちの編んだ網は
   着物にもなれば 食糧ともなり
   大洋への愛情ともなる
   さあ 同志たち漁に出かけてください
   引網をもって 投網をもって
   わたしたちは ひるは編んで
   よるはベランダの上に立って
   あなたたちに代って 見張りにつくのです

*アイン・トー 女流詩人。一九二一年、北ベトナムの小さな町、ハイデュオンに生まれる。彼女は革命前に、ロマンチックな傾向をもった詩集『田舎の風景』を出版した。革命後、彼女は長編詩『ビュラン村の女』を出し、さいきん『鳩のつばさで』(一九六〇年)を出した。

ベトナム
(Catalogue of "1954-1975・VIETNAM" Exhibision of Photographs)

  トンの河口
                       ホアン・チュン・トン

  海の波は ごうごうと唸ることができるのに
  なぜ 話すことはできないのか
  風は飛べるが ひと吹きでは飛べない
  白い砂の浜べ 茂った木々が煙幕をつくり
  海の上 無数の舟の帆が果てしない空にひろがっている

  空はきょう 晴れと同時に雨ぐもり
  雲は 白くて 黒い
  水は 澄んでいて 濁っている
  海は 静かで 波立っている

  たくさんのジャンクの群れ……
  ジャンクの群れが 波をおしわけて
  縦横に行きかう
  「北」の舟と「南」の舟とを誰が見わけられよう?

  おお トンの河口よ
  朝は晴れで 夕ぐれは曇り
  海の波は うなりをあげる
  のどしめつけられる思いで
  海の波は 怒りほえる

  この二つの長い砂浜は いっしょになりたい二本の腕だ
  この二つの波止場は いっしょになるために渡船を待っている

  おれはじっと「南」を見つめる いつまでも見つめる
  そこは ビニットの河口だ
  しかし トオン・アンはどこにあるのか
  みどりの木々におおわれたグハンの山々は
  こがねの砂浜をもったエンの島は
  いったい どこにあるのか……

  おれはじっとそこにたたずむ
  風が肩の上を吹きぬける
  水が おれの足にとびはねる
  おれは何か歌いたくなるが 声は出ない
  おれは 岸べの岩のように じっとしている

  やあ カトソンの人たち 「南」の人たち
  八年というもの あなたたちはいつも祖国に忠実だった
  わき腹には鉄条網 のどもとには敵の手
  しかしあなたたちは 槍を研(と)ぎながら怒りを研(と)いでいるのだ

  帆にいっぱい風をはらんで 漁から帰ってくる
  向うのディ・ロアンとトン・ルオットの兄弟たち
  あなたたちは めしものどをとおらない
  復讐の思いが よるもひるも離れないからだ

  おお トンの河口 トンの河口よ
  おまえの名は 海のようにうつくしい
  おまえの怒りは 海のように深い
  生れ故郷の海の潮騒がおれの耳にきこえてくる
  海の波は おれのこころの上をうねり
  風は おれの頭のなかを吹きぬけるのだ

*ホアン・チュン・トン 一九二二年に生まれる。一九六五年ベトナム作家協会運営委員会委員員。作家協会機関誌『文芸』編集委員会書記。

(『ベトナム詩集』飯塚書店 1967年)

砂浜

    村に帰える
              ノン・クオック・チャン

  おっ母さん
  カオ・ラン地区が解放されたよ
  敵はやっつけられて つかまったよ
  味方が 拠点をみんな占領している
  人間が 蟻のように うようよしている
  銃が 森の中に 枯木のように山と積まれている
  あす おれたちは村へ帰えるよ
  わらぶき家を修繕したり 草を苅るよ
  丘を開墾したり 田んぼをたがすよ
  庭の垣根をつくったりして 仕事を始めるよ

  去年は 正月のお祭りも 十五日のお祭りも
  七月のお祭りも 忘れていた
  山の中や 谷の奥に逃げかくれて
  おれたちはたいへんな苦労をなめたものだ
  おっ母さん あの日を忘れんでしょう
  どしゃ降りの雨が 滝のように降っていた
  風が吹き狂って
  森のなかの木木は折れんばかり
  稲妻がひらめいて雷が鳴った
  おれたちの小屋の屋根が吹っとんで
  破れた戸が 道に倒れた
  おれたちの足には 蛭(ひる)が吸いついて黒かった
  そこへ鉄砲で射ちこんできた
  また掃討がはじまったのだ
  敵は すべての隠れ場を焼きはらったのだ
  もう燃えがらの炭しか残っていなかった
  やつらはなんでもみんな──上着やズボンまでかき集めた
  おっ母さんは 弟をおぶって森の方へ駆け出した
  うまく逃げのびると おれを呼んだ
  おれは袋を肩にかついで おっ母さんのあとを追った
  おっ母さんは おばあちゃんの手をひいていた
  めくらのおばあちゃんはどこへ行くのかも分らなかった
  おっ母さんは おれに向って叫んだ
  「さあ どうしたものやら?
  わしらは 抵抗せにゃならん
  やつらは おっ父を引ったてて行って
  うち殺してしまうよ」
  おやじは 売国奴をののしって なぐりかえしたのだ
  まもなく一斉射撃が始まった
  おやじは倒れて 地べたに転(ころ)がった
  おっ父はもう声も出さなかった!
  おれたちはまだ小さい
  いったい だれが育ててくれるのだ?
  おばあちゃんが死んだら
  だれがおれたちをみてくれるのだ?
  おっ母さんは坐りこんで泣きくずれ
  おれも頭をうなだれて泣いた
  おっ母さんは おれをなぐさめて
  敵がききつけるから 泣きわめくのをやめろ
  と言った それでおれはだまったのだ

  小屋はどれもめちゃめちゃにこわされていた
  もうあたりには人影も 板っこも見えなかった
  おっ母さんは肩掛をとって おっ父の顔にかけた
  おれは上着をぬいで おっ父のからだにかけた
  おれたちは おっ父の屍体をはこんで
  森のふちに葬った
  おれたちの手は 血で赤く染まり
  顔じゅう 涙でぬれた……

  きょう カオ・バック・ラン地区には笑いがどよめく
  ひとびとは 森をはなれ
  家財道具をもって 村へ帰える
  久しぶりで野の草が 人間の声でふるえるのだ
  草やぶになってしまった田んぼで
  草を苅り 土を掘りおこしながら
  おっ母は 子どもに話しかける

  ひろい街道の上を 自動車がうなりをあげて突っ走る
  学校で 子供たちはにぎやかにおしゃべりをしている
  ふわふわした煙りがわら屋根の上にただよう
  もう道も 草でかくれることはない
  もう虎も バナナ畑にやっては来ない
  木にみのった木の実も熟(う)れないうちにとられてしまう
  もう田んぼのなかに 血だまりができることもなかろう

  だが侵略者どもはまだおれたちの国にいすわっている
  やつらをみんな追っぱらったら
  おれは おっ母さんのそばにもどってくるよ
  おっ母さん 日がのぼる もう夜明けだ
  おれはまた解放軍といっしょに出かけるよ
  さようなら

*ノン・クオック・チャン
 一九二三年生れ。少数民族タイイ族出身。若くして革命運動に参加、日本軍の占領中は、北ベトナム地方でゲリラ隊員として闘う。詩「村へ帰える」は一九五一年の世界青年友好祭で入賞した。詩集に『戦う北ベトナム』、『北ベトナムのひとびとの歌ごえ』、『花咲く山のひとびと』などがある。

(『ベトナム詩集』飯塚書店 1967年)

ベトナム
(Catalogue of "1954-1975・VIETNAM" Exhibision of Photographs)

 戦士と歌手と 防空部隊の戦士と「北西」地区文化工作隊の芸術家たちに

                     ノン・クオック・チャン

   ある夜 大砲の砲座のほとりで
   寸劇と踊りと歌の舞台が終った
   しかし贈られる花束ひとつない
   観客のひとりが 戦利品を贈った

   女流歌手は 感激してうれしそう
   よろこんで 贈りものをうけとった
   贈りものを よく見ようとて
   彼女は ライターに火をつけた

   それはみごとな白い櫛
   真珠でできてはいなかったが
   きのう 撃ち落した飛行機の
   金属で それはできていた

   お友だちの 兵隊さん
   ありがとう ありがとう
   わたしは 朝までも歌いたい
   しかしあなたにもそんな暇はない

   女流歌手は はにかみながら
   兵隊さんの手をにぎる
   「わたしにはいまハンカチもない
   ライターしか もちあわせない

   わたしは記念に このライターを
   兵隊さんに あげましょう
   風のときにも 雨のなかでも
   戦場の道が よく見えるでしょう」

   色うつくしい 箱入りの
   贈りものを 手にとると
   戦士は それを 胸の上
   心の上に 抱きしめる

   おお 戦場でめぐり会う
   若い娘たち 若ものたちよ
   なんときみらは素朴で無邪気なことか
   なんときみらは清らかで美しいことか

   朝ごと 鏡のまえで
   髪をくしけずるきみよ
   よるもひるも 祖国に奉仕する
   あの戦士の姿を思いやってくれ

   氷をついて 嵐のなかでも
   山の頂きに立つ 戦士よ
   すべての戦士たちの心の中に
   どうか火を吹き込んでくれ

*ノン・クオック・チャン
 一九二三年生れ。少数民族タイイ族出身。若くして革命運動に参加、日本軍の占領中は、北ベトナム地方でゲリラ隊員として闘う。詩「村へ帰える」は一九五一年の世界青年友好祭で入賞した。詩集に『戦う北ベトナム』、『北ベトナムのひとびとの歌ごえ』、『花咲く山のひとびと』などがある。

(『ベトナム詩集』飯塚書店 1967年)

スカーフ
ピカソが1951年の世界青年平和友好祭のためにデザインしたハンカチーフ

 田んぼにゆく
              チャン・フー・トン 大島博光訳

日がのぼって 明るくなるにつれて
稲穂はこがねいろにかがやく
露もきらきら光って
草の葉でゆれている
青空の高みで
ひばりが調子高く歌っている
消えては現われるカッコーのひびきとおる歌が
野の遠くの方から聞えてくる

わたしは 鍬によりかかって見渡している
すると わたしの心は高鳴ってくる
ちょうどけさのような あの日の朝を
わたしは 思い出すからです
あの朝も ひばりが鳴いていた
稲は 穂をもちはじめていた
わたしは あなたを見送っていって
さよならを 言ったのです
あなたは 藤つるのかごをしょっていた
檳榔子の葉に包んだ餅を
わたしは腕にかかえていました
稲にひっかかってサンダルをとられると
あなたは身をかがめて急いでサンダルをはく

ひろい田んぼを横ぎりながら
この土手で あなたは言ったのです
「おれたちは 二度目の草とりを忘れていたから
稲の熟れ方が 不揃いだよ
おまえ 忘れないでおいてくれよ
このつぎには もっとうまくいくようにな」
遠くから 歌ごえが聞こえてきた
あなたの心は躍った
わたしたちは 集合地にたどり着くと
あなたはわたしに帰えれと言った……

三回 蜜柑の実がなった
三回 ざぼんの花が咲いた
防衛戦の始まった日に
あなたは 行ってしまった
「釣合作戦」がはじまったとき
あなたは 短かい手紙をよこしてくれた
わたしは長いことその手紙を握りしめていた
わたしの心は旗のようにはためいた

逆襲の季節がまもなくやってくる
わたしの稲はもうみのっている
こんなに稲穂がみごとに出揃っているので
わたしはきっと増産賞をもらいます
あなたよ 指を折って数えれば
もう四年が 過ぎました
ひとはわたしに言います
「もう 待っていてもしようがない」
「待っていても もうむだだ」
しかし わたしはあなたへの心を守っています
庭の入口に バナナがみのりました
戸口の前に 蜜柑が黄いろくなりました
わたしたちの田んぼ わたしたちの庭を見る時
どうしてあなたのことを思わずにいられましょう?

季節がさってまた季節がきます
わたしは 鍬を肩に田んぼにゆきます
愛するひとよ わたしたちの稲穂は重くたわわです
わたしのこころは躍ります
わたしははっきりと見とどけるのです
わたしたちの勝利を

チャン・フー・トン 一九二六年生れ。中部ベトナムの農民出身。革命後の世代の若い詩人たちのひとり。主として農民の生活をうたう。詩集に『八月の鈴』がある。

(『ベトナム詩集』1974年4月)

田んぼ

アメリカ機の墓場で
                      スオン・ジウ 大島博光訳

きょうは ベトナム民主共和国の
二十周年記念日だ
朝 空と大地とが一つにつながり
風はかろやかに雲の群れを吹きやり
新しい家家が 青空に向って窓をひらいていた
おれの心はよろこびで晴ればれとしていた
おれは「統一公園」を散歩してもよかったし
あるいは 街をぶらぶらして 屋根に映える
八月の光りに酔うこともできた
しかし けさ 革命の空の下で
おれは まっすぐに行ったのだ
アメリカ侵略者どもの飛行機の墓場へ

落っことされて めちゃくちゃになり
押しつぶされ 反(そ)りかえった 残骸の山
アメリカの悪魔どもが ひんまがって横たわっていた
この残骸の前にいると 味方の火器の 火を吹く音がきこえてくるようだ
炎の燃えあとが 翼についている
頭部と胴体と ばらばらになった無数の翼の破片が
やつらの不幸な冒険を比べるために集められていた
銃弾におびえふるえている「ファントム」の幽霊(ファントム)!
ひとにぎりの骨となった「空の海賊」
驚くべき「神の雷」もいまは静かにねむる
「十字」は ドル神のいけにえとなって
かたくひからびたわが身を嘆いている

この死神に仕えたものどもの醜悪な世界
それをおおう 地獄の煙りのなかに
おれはふとかいま見たような気がした
あの白髪(しらが)頭のようなホワイト・ハウスを
その窓のひとつひとつが吸血鬼の口なのだ
そしておれの耳にはきこえてくるのだ
飽くことを知らぬ飢えた狼どもの群が
たらふくつめこんだ狼どもの群が
うなり わめきちらし 吠えたてているのが
母と子が雨あられと降る爆弾の下で倒れる
子は泣き叫び 母おやは隠くれ場をさがす
おばあさんが 孫をかばおうとする……
ヤンキーよ こんな光景は人類の恥辱だ!

おれは 英雄主義を発揮した戦闘をしのぶ
この空は やつらのものではなく おれたちのものだ
下から投げられた 火柱が立ちのぼる
怒った大地から 雷鳴がとどろき 稲妻がひらめく
この防火網のなかを アメリカ機がとぶ
アメリカ機は翼を焼かれ いたるところで
山にぶつかり 堅固な城砦にぶつかるのだ

戦闘の熱気に身をふるわせながら おれは思うのだ
──いったい この青い空はだれのものか と
この青空は こいつら鴉どものものではない
こいつら アメリカの幽霊機のものではない
タン・チェオンの人たちは 五百機目の米機を射落した
一撃の下で 泥のなかにめり込むのがある
あんまり墜落するので その場に放ったらかし
腐るにまかせておくような場所もある
にがい風が嘆いている巨大な墓場……
方ぼうで ほかの残骸も見つかる
なんとみじめなやつら! おまえらはおそれおののくのだ
そよぐそよ風やつむじ風にゆれる草の葉にさえ
おまえらは 生命の流れにたいして暴力で向う
それだから
おまえらをやっつけるためには ひとにぎりの砂でも十分なのだ

米軍機の残骸の山をあとにして おれは出ていく
と おれの耳には めまぐるしい「時」の移りゆきのなかから
わきあがる笑い声がきこえてくる
鉄をつくる人たち すきをおしやる人たちが
敵にうち勝つのだ 勝利するのだ!
最初の抗戦で 落っこちた
爆弾の残骸から
よく鳴りひびくドラがつくりだされた
ロケットのしっぽは
妻よ きみの櫛になろう……
芽をだす椰子の実は
爆弾よりももっとつよいのだ

アメリカ機は おれたちの晴れた空から落ち
侵略者どもは 墓場への道をたどる
わが国の人びとは 爆撃の穴を埋め
こわされた道を直し
さらに新しい道をきりひらく
そうしてその傷ぐちをいやしながら
祖国はその身に新しい肉をもりあげていくのだ

(『ベトナム詩集』)


奇跡



奇跡



 アイン・トー 女流詩人。一九二一年、北ベトナムの小さな町、ハイデュオンに生まれる。彼女は革命前に、ロマンチックな傾向をもった詩集『田舎の風景』を出版した。
 革命後、彼女は長編詩『ビュラン村の女』を出し、さいきん『鳩のつばさで』(一九六〇年)を出した。

(『ベトナム詩集』飯塚書店 1968年)
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 町からの手紙
                    ジャン・ナム

おお この紫色のインキの かしいだ字の手紙
黄いろくなった 罫(けい)もない紙……
故郷の消印の押してある封筒
妻のやさしい手のぬくみが感じられるようだ

おまえの手紙は 雨期のさなかにとどいたよ
春の大陽が 空に顔をのぞかせたばかりなのに
解放区には おやみなく雨が降りつづいている
おまえは故郷で暮らしている おれの思いははてしない

……こどもは元気です わたしも変りありません
あなたは森の中で 何も心配しないでください
裏の畑の かぼちゃが大きくなって
あなたの帰えるのを待っています
かぼちゃをとって おつゆにしています
坊やは あなたがいないので
夜もむずかって よく眠らないのです
坊やは泣き虫 わたしもいっしょに泣き虫
こどもにきせる古着をおくってください
わたしも暖かくなって助かります

わたしは毎日 荷物運びをつづけています
近所のおばさんたちが 子どものおもりをしてくれます
だれも頼まないのにみんなわたしを助けてくれます
わたしには そのわけがよくわかります……
あなたにもわかるでしょう?
何度も 家が雨で水びたしになりました
わらぶき屋根がもういたんでいるのです
枕もふとんもなくて わたしは寒くてふるえています
でもわたしはあんまり嘆きません
あなたは 遠いそちらで わたしなんかより
もっともっと苦労しているんですもの

あなたのゴム林や山の方も雨つづきでしょう
ああ 長い夜よるの寒さ 歯ががたがた鳴る寒さ
あなたが思いきり働けるようにわたしもがんばります
あなたの汗のおかげでわたしたちはたべられるのです
いまこの瞬間にも ゴムの木のそばで
あなたは明日のために樹脂をとっているのです
樹脂は流れ しかもあなたは戦いをやめない
あなたのそばには たくさんの同志たちが……

こまかな字でつづった手紙に 額をよせて
夜っぴて すすり泣きがおれの胸にこみあげる
おれは毎晩 戸板のかげのおまえの姿を思い描き
おまえの髪にそよぐ風にきき入るのだ

からっぽの小さな家 市場への荷運び
やせた両の腕 坊主
日にやけ雨にうたれて おまえの花よめ衣裳も色あせた
おまえの夢も消えはてて 一杯のめししか残っていない

だれがおまえを苦しめ 子どもたちを苦しめているのか
だれのために おれたちは遠く離れ離れにされているのか
怒りの涙が流れて 血にかわる
そのたけり狂った怒涛(どとう)は あす土手を押し流すのだ

妻よ おまえにも見えるだろう
もう 陽がのぼりはじめているぞ
長い苦しい夜にも 終わりがくるのだ
おれはおれの確信をおまえに送る
おれたちはもう すべての人たちを
おれたちの味方にひきつけているではないか

*ジャン・ナム 南ベトナム解放民族戦線解放文芸協会中央委員。小説も書く。南ベトナムでもっとも活躍している詩人。

『ベトナム詩集』飯塚書店 1968年)

 はしけをこぐ娘
                ジャン・ナム

ま夜なか はしけが一隻 おれたちの方へやってくる
岸には暗い竹林が茂り 波は早い
はぐれ鳥が一羽 闇のなかを飛び去る
はしけは棕梠のあいまを音もたてずに進んでくる
敵の探照燈が棕梠のいただきをかすめる
銃に弾丸をこめて みんな伏せる
おれたちは流れをよぎる時をじっと待っている

はしけをこぐ娘
彼女は黒いズボンをももまでまくりあげていた
彼女が草や花でカムフラージしたおれたちの荷物をおくりとどけてくれるのだ
闇をすかして 彼女の赤い類がほの見える
ふと彼女の手にふれると
彼女のすばやい身ごなしに気づく
いっぱいつみこんだはしけの横っ腹に
波がはげしい音をたててぶつかる
はしけは揺れて 岸を離れるのに手まどる
「同志よ 何か手伝おう」
と声が言った
彼女はふり向いてへさきをうかがった
敵地区の地下組織のなかで生きている彼女は
悲しみもよろこびも心のおくにかくしていた

はしけは くらやみのふちをすべり越えた
波にぶつかり 波がくだける
櫓をこぐたびに 空と星とがゆらぐ
向う岸が近づき棕梠がおれたちを招く
おれたちの勇敢な娘は 部落の入口の方
敵の見張台をじっとうかがう
そのあいだも彼女の腕は櫓をあぎやかにあやつっている
彼女のほっそりした影絵のような姿が波を圧する
もうひと息で 向う岸につく!
ほっとしたおれたちの胸に よろこびがこみあげてくる

そのときだ 敵陣から
一斉射撃がはじまったのは
大砲がとどろく 赤い閃光があたりを走る
「じっとしていて こわがらないで……」
と彼女は言った しかもはしけは大胆に
敵陣へむかって突き進んでゆく
砲弾をものともせずに
夜空に浮いた黒い姿のすばらしさ!

「きみこっちへ来て おれたちにまかせてくれ!」
「あなたたちがしてはいけません!」
はしけはつき進む
まるで空と夜とが感動であふれんばかりだ
おれたちの心はしめつけられ 眼は怒りに燃える
敵の砲弾は川面に雨のようにぶちこまれる
おれたちの銃は おれたちの手のなかで
憎しみで焼けこげる

はしけは安全な場所につき 一本の木につながれた
おれたちは若い娘の手をながいこと振りしめて
ありがとう を言う……
明るいほほえみが彼女の顔にうかぶ
「わたしは解放青年同盟の一員です
ただ義務をはたしただけです……」
そう答えると 彼女の姿は夜のやみのなかに消えてゆく
おれたちは前進をつづけて村をよぎる
おれたちはまだ彼女のことを思いつづける
かろやかな彼女の足どりが耳をはなれない

勇敢な娘よ 勇敢の模範像よ
おれたちはきみの模範像を抱いて
つぎの戦いへとつき進んでゆくのだ

『ベトナム詩集』飯塚書店 1968年)



ベトナム不屈の作風


ベトナム不屈の作風



 萌えでる大いなる春

  南ベトナムのたたかう詩人たち
                           大島博光

 このところ連日のように、南ベトナム解放勢力のかがやかしい勝利が伝えられている。それはまさに、曠野(こうや)を焼く火の勢いといってよい。それは、ベトナム協定をふみにじって、戦争をひきのばし、アメリカの新植民地主義を押しつけようとする米・チュー一味の陰謀にたいする懲罰である。このかがやかしい勝利をささえているのは、ベトナム人民の相変わらぬ不屈な革命的精神の高揚と持続であることに、思いを新たにするのである。さいきん手にはいった仏訳の南ベトナム詩華集(南ベトナム・ジアイ・フォン出版社版)をよんで、わたしはそのことを思い知らされたのだ。たとえば、ここに訳出したル・アン・スワンの詩はその典型のひとつである。
 ル・アン・スワンは、一九四〇年、南ベトナムのベン・トレに生まれた。はじめ、歴史を勉強していたが、のちに革命詩をかき、アメリカ帝国主義にたいする南ベトナム人民の抵抗をうたうようになる。そして南ベトナムの、革命的なすべての詩人たちとおなじように、かれもまた詩で抵抗をうたうばかりでなく、銃を手にとって戦闘に参加する。──南ベトナムの詩人たちは、自分の詩と日常闘争とをむすびつけて、民族の勝利のために、身をささげている。かれらは前線の塹壕(ざんごう)でたたかっている詩人であり、たたかいながら詩をかいている。こうして、この戦闘の感動は、酒がかもされるように、かれらの詩のなかに結晶するのである。
 ル・アン・スワンは、新しい世代の代表的な詩人のひとりであったが、かれがほめたたえた戦士のように、かれ自身も、一九六八年のテト攻勢に参加して、サイゴンで戦死したのであった。二十八歳であった。

(『赤旗』1975年4月4日)
 おれの言葉をよくおぼえておけ
                    トー・フ一/大島博光訳

新しい歴史をつくりだすような瞬間がある
永遠に人の心に生きつづける死者たちがいる
どんな歌ごえよりも美しい叫びがある
「真実」から生まれてきたような人たちがいる

おお 同志グエン・バン・チョイよ
きみのいのちは息絶えたが きみの魂は
いつまでも 人民の胸に生きつづけるだろう
きみの生も死も 雄々しく 偉大だった

同志よ きみは永遠にくちびるをとざしたが
きみの叫びは いまも鳴りひびいている
「おれの言葉をよくおぼえておけ!」と
そしてきみの眼の光りは党紙に輝やいている

きのうという日は永遠に忘れられないだろう
あの秋の日の朝 チ・ホアの刑場のなかを
きみは 両側を二人の獄卒にはさまれて
教誨師をうしろにしたがえて 進んでいく

きみの傷ついた両足は 痛みによろめく
しかし きみは昂然と頭を上げてすすむ
きみがまとった白衣は 純潔の色そのもの
きみのひよわなからだが 死にもひるまない

死刑執行人の一隊と 新聞記者の一団とが
陰欝な二列横隊をつくっていた──着け剣で
きみは静かに歩をはこぶ 澄んだ眼ざしで
まるで 裁くのは きみであるかのように

きみの踏む足うらに 草の葉はみずみずしい
いのちはいつも このみどりの色をしているのだ
そこに 解放をもとめる きみの大地がある
そこに 生をもとめる きみの肉と血がある

きみは強く叫ぶ「おれがどんな罪を犯したというのか」
きみは 処刑柱に綱でしばりつけられる
狙いをつける十挺の銃 きみには黒い目かくし
きみは声を限りに叫ぶ「罪を犯したのはヤンキーどもだ!」

きみは さっと 目かくしをかなぐり捨てる
きみは 卑怯者どもをじっとにらみすえる
死をも きみは面と向って見とどけようとする
何ものも消すことのできない燃える火のような眼で

やつらはふるえあがって つなをきつくしめ直す
きみのくちびるは憎しみに燃えて かわく
共産主義者らしく堂どうとたたかおう
けだかい心が銃弾など恐れてなるものか

命令がくだされた「第一列 おりしけ!」
きみは叫んだ「おれの言葉をよく覚えておけ!
アメリカ帝国主義を打倒せよ!
グエン・カンを打倒せよ!
ホー・チ・ミン 万才!
ホー・チ・ミン 万才!
ホー・チ・ミン 万才!
この最後の瞬間にきみはわれらの「ホーおじ」の名を三回よんだ

一斉射撃で アメリカ製の十発の銃弾がとぶ
きみは倒れ も一ど立ちあがろうとする
きみはも一ど叫ぶ「ベトナム万才!」
血は心臓からあふれ出て大地を赤く染め そこにきみは横たわる

うめき声ひとつあげず きみは眼をとじた
きみは死んだ 静かに眠る仏像のように
教誨憎がきみのそばに投げてよこした
あのブリキの十字架などなんになろう

同志チョイよ きみは死んだが 見たまえ
血は血をよぶのだ さっそく きみのために
カラカスの義勇兵たちは 首都のまんなかで
アメリカの将校を人質にとらえたのだ

きみは死んでしまった きみにはもう見えないが
火は火をよんで 南ベトナムじゅうが火の海だ
きみのこころのような火で──おお たぐいまれな火よ
きみが息をひきとるとき 流星が光りかがやいた・・・

おれの言葉をよくおぼえておけ!
おお 同志 グエン・バン・チョイよ
そうだ きみの遺言をおれたちはおぼえておこう
敵をまえにして 恐れおののかず
おれたちは栄光のなかに生き 栄光のなかに死ぬのだ
祖国のためにおれたちみずからをささげるのだ
電気労働者 グエン・バン・チョイのように

(『ベトナム詩集』飯塚書店 1974年)


妻に

(『ベトナム詩集』)