FC2ブログ

「大島博光詩集1995〜2003」草稿

ここでは、「「大島博光詩集1995〜2003」草稿」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


[眠り男]の続きを読む
[おれたちゃ すかんぴん]の続きを読む
[神神はおれたちを]の続きを読む


悪趣味の歌
(草稿 大島博光詩集)

カエル

[純粋でない悪趣味の歌]の続きを読む


人生には



(自筆原稿)

彫像


[人生には]の続きを読む


おお 親しい夜よ
(自筆原稿)

石の顔


[おお 親しい夜よ 教えてくれ]の続きを読む


逃げるのはたくさんだ


彫像


[逃げるのはたくさんだ]の続きを読む
きみは朝の光となった
                        大島博光

きみは 朝の光となった
ほかのひとが眼を覚ますように

きみは荒地に道をひらいた
ほかのひとが歩いてゆくように

きみは 耕して種を蒔いた
ほかのひとが苅り入れるように

きみは ひとに酒を差し出した
ほかのひとが酔って歌うように

    *

そのきみも もう死んでしまったと
ひとびとは 騒ぎたてているが

きみの光に眼ざめたひとは
この世の闇を見通している

きみの道を歩いてるひとは
いまも希望の町をめざしている

きみの穀物を取り入れたひとは
きみを忘れることはないだろう

きみの酒をのんで酔ったひとは
あの夜の虹を忘れないだろう

             一九九五年一月
(自筆原稿)

<「大島博光詩集1995〜2003」>

鳩



みずからをはげます歌


みずからをはげます歌

(『詩人会議』1995年3月号)

ピンクバラ





 ちんぷんかんぷんを 

ちんぷんかんぷんをならべたてるな
ひとをおのれを煙りに巻くな

ちゃらんぽらんをひけらかすな
ひとの眼を おのれを晦ますな

毒にも薬にもならないもの
ただ お茶を濁すようなもの

そんなものはなんの役にも立たない
そんなものはなにひとつ語らない

この世の大事なことについて
ひとの生き方や歴史について

ひとを低いところに引きとどめる
その役割で それは毒となる



お茶を濁すようなものを書くな
毒になるようなものをうたうな

猿ぐつわはとっぱらわれた
自由にものが言えるときがきた

詩人は詩でこそものを言おう
カラスは黒いとはっきり言おう

          一九九五年四月

  (「大島博光詩集1995〜2003」)

男


 今野大力
                          大島博光

静かに眠るに眠れず 夜ふけに
むっくと起きあがる死者たちがいる

詩人今野大力も起きあがって
一夜 わたしにこの詩を書かせた

    *

その暗い時代 狼や犬どもが
牙をむき出して のさばっていた

犬どもは 小林多喜二を噛み殺した
無法にも からだじゅう紫腫れにして

そうして 今野大力にも噛みついて
この若い詩人を 死へと追いやる

傷ついた詩人を乗せた車は行く
花咲くさくらの 並木道を

小金井堤の 花におくられて*
帰えることのない死への道を

暗い狼の時代の いばらの道に
赤い野バラは 咲いて散った

未来に身をささげた若ものは
雄々しく歌った 若い詩人は

そのとき ひとりの詩人が叫んだ
「この人を視よ」と くらやみに

そうしてその暗い空から残った
夜空にもひびいたヒバリの歌

*「花におくられて」──大力の詩句

      一九九六年

(自筆原稿C)


今野大力(1904年2月5日〜1935年6月19日)
1931年日本プロレタリア文化連盟(コップ)の結成に参加し、『プロレタリア文学』などに反戦詩を発表。1932年3月、駒込署に検挙され、その時の拷問がもとで入院。回復後の1933年、日本共産党に入党。病気に苦しみながら創作を続けるが、1935年結核で死去。

──父が一人になってから毎月二回、私は”恋人に会いに行く”ように父の許を訪れ、幸せな時間を過ごしました。毎年、桜の季節には玉川上水に沿った通りをお花見ドライブしました。拷問されて重体となった今野大力が寝台車でこの通りを送られ、この桜をみて「花に送られる」を書いたんだよ、と感慨深げに語ってくれました。──(「父・大島博光について」『詩人会議』2006年8月号)

  鼠 考
          大島博光

根腐れの国に 鼠がはびこる
国をまかなうという 金蔵(かなぐら)に
国をまもるという 国城(くにしろ)に
鼠がはびこって 国は根腐れ

でっかい鼠 ちいさい鼠
頭取の部屋に 部長室に
大臣や代議士の事務所に
お偉い鼠 エリートの鼠

鼠どもは なんでもかじる
金庫をかじる 飛行機をかじる
ダムをかじる 大地をかじる
証券をかじる 未来をかじる

かじるものが そこになければ
かじるものを 自分でつくる
職権とわる知恵をふるって
無から有を でっちあげる
 
でっかい鼠は でっかくかじる
ひと呼んでこれを 巨悪という
また欲ふかく 天下ってかじる
無数の公団や 外郭団体で
 
議会に巣くう 鼠どもは
献金というワイロをかじる
報告すれば ワイロではない
勝手な法律で ワイロをかじる
 
見返りは たんまりつけてやる
兆という血税を つぎこんでやる
根腐れの国に 鼠がはびこる
鼠がはびこって 国は根腐れ

             一九九九年一月         

(『稜線』、「大島博光詩集1995〜2003」)

きみの植えた 梅の木が

飛ぶ鳥のように わたしから
きみが飛びさって 十三年
孤独のなかに 生き残って
ひとり老いて 十三年

こぼれ流れる 涙のなかに
溺れてるほか なかった
だれが 慰めてくれたろう
どこに癒やしがあったろう

いったいだれが 覗きみよう
愛するものを 失った
その悲しみ 痛みのなかを
その内奥の 秘密のなかを

涙も涸れて 乾くように
悲しみの時間(とき)も 流れさる
きょうも太陽が のぼるように
老いた生も 跳ね起きる

きみの植えた 梅の木が
ことしも紅い花をつけた
まるで きみじしんのように
庭いっぱいに 咲きこぼれた

向日葵(ひまわり)のように 明るかったきみは
どんな嵐にも へこたれなかった
きみは今も わたしを励ましてくれる
泣かずに 生きるようにと

いままた 大地が揺れ動いて
怖るべき火を 吹こうとしてるとき
傲慢な無法者が ひとり
無法な戦争を たくらんでるとき

たくさんの 女子どもたちが
生を もぎとられるだろう
罪もない たくさんの人びとが
おのれの死を 死ねないだろう

愛するものに 死なれたら
自然死でさえも 悲しいものを
劣化ウラン弾などを浴びて
罪もないのに 殺されたなら

ましてや町ぐるみ 国ぐるみ
みんな焼かれて 火だるまとなる
あの腹ぐろい 独裁者の
不法な野望の いけにえとなる

すべてのひとが 愛し合って
みんな おのれの死を死ねるように
このみどりの地球の どこででも
ひとを殺すな 戦争をするな

         二〇〇三年三月

ギター弾きながら わたしはうたう
                                 大島博光
ギター弾きながら わたしはうたう
風へと投げる なみだのうたを

きみをなくして わたしは泣いた
恥かしくもなく 泣きわめいた

一年 二年 三年ものあいだ
気のふれたように 泣きあがいた

いくら泣いても なんにもならない
いまは泣いてなんか いられない

また 手には手かせ 眼には目かくし
首に首木が かけられるとき

涙が涸れて それがわかった
死と涙から 解き放たれた

もう うたうな 涙の歌など
おのれひとりの かなしみなど

詩人こそは ひとをおのれを
はげます物だ 希望をかかげて

詩人はうたう 希望をかかげて 
生きてるかぎり 愛のうたを

川の岸べに