春の歌

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


 森と風と鳥たちと
                       大島博光

わたしの枯枝から 鳥たちはもう
みんな 飛びさってしまったのに

ふと聞こえてくる ずっとむかし
緑の森のなかで聞いた 遠い鳥の声

茂みの ぬくい巣藁を夢みて
空と森のあいだを 空の道を

自在に 飛びまわっていたものの
若わかしくて みずみずしかった声

わたしの枯枝の ほとりにさえも
忘れていた春が ただよってるような

(自筆原稿)

森
森の歌
                      大島博光

きみの植えてくれた樫の木の
木かげに坐って わたしはうたう

きみは わたしの荒地に木を植えた
泉を掘って 森をそだてた

きみは せっせと根をうるおした
木木は根を張り 枝を伸ばした

若木は伸びて 若葉が映えた
風はそよいで 五月を告げた

小鳥たちがきて 春をうたった
枝の巣藁に 雛をそだてた

汗を流して きみのそだてた
森は賑やかに 笑いにみちた

木のうえに子らは家をつくった
木に登って わたしは夢みた

水は流れて 季節はめぐる
春も過ぎて 星さえ移る

きみは 遠くへ行ってしまった
わたしはひとり 老いてしまった

いつか冬がきて 森は裸かに
倒れた幹を 落葉がかくす

森に残った井戸の底にも
星は映って またたくだろう

嘆くことはない 冬の日は春に
席をゆずる 枯れ木は若木に

また小鳥たちがきて歌うだろう
森はまたみどりに 賑わうだろう
            一九九五年五月

(パソコン印刷1995)
ハナミズキ
 冬のあとには春がくる
                       大島博光

オルフェウスの嘆きは 泣き倦きた
フクロオの夜の歌は 歌い倦きた
吹雪と雪崩の 季節であろうと
春を夢みて なぜわるかろう

ペてん師どもが 世界じゅうを
ペてんにかけて だまくらかそうと
虚偽不正は すぐあばかれる
ロス暴動となって 噴きあがる

自由を戦車で ひき殺そうと
夢を泥靴で 踏みにじろうと
猿ぐつわや 機関銃のあとには
怒りのうねりが やってくる

雪のしたの 黒い腐葉土が
春の赤芽の 支度をする
死のあとには きっと生がくる
冬のあとには きっと春がくる

わたしは 希望にしがみつく
岩に手をかけた 山男のように
手を離せば 滑落するのだ
深い谷底へ 絶望のどん底へ

わたしが春に 辿りつけなくとも
なお 夢みることはゆるされよう
わたしは見る 暗い井戸の底に
なおも映る あの青空を

        一九九二年五月

(『狼煙』第七号 1992年6月)

のろし
春になると
                  大島博光

貝がら虫にたかられた庭のもちの木を
手入れにやってきてくれた植木屋が話してくれた
この町に わしほどのびんぼうにんはいない
だが わしらのこの胸のしんには何があるか
だれも知りはしない と
腹がけの胸をぶ厚い手のひらでたたきながら言う
大男の植木屋のおやじが話してくれた

春になると
いままでねむっていた木が水を吸いあげる
大きなけやきの幹などに
ききなれた耳をおしあててきくと
ずー ずー と 暗い幹のなかで
水を吸いあげる音がきこえるのだ
あの無数の葉で吸いあげるんだから
まるで つるべで汲みあげるように
一日に 一斗も二斗も吸いあげるのだ

それで 木の芽どきには
井戸の水が ひくくなるのだ

                    五三・三

遠くからやってくるもの
                  大島博光

待ちこがれ
待ちわびているものに
遠くからやってくるものは美しい
霞んだ地平の果てからであろうと
入道雲のかかった水平線からであろうと
忘れはてた遠い過去からであろうと
そうしてそれが恋びとであろうと
あるいはまた 死であろうと

だが そのなかで
いちばん美しいのは 未来なのだ
なぜなら おれたちは
手をこまねいて未来を待ってはいない
のめり込むように
未来のために用意しているのだから

だがまた 未来をふくめて
遠くからやってくるものは美しい

(自筆原稿)

水仙
水仙とアネモネ」 大島静江

なんときみは夢みつづけて
待ちあぐんでいることか
雨ふり花やそよ風を連れて
やさしい春のやってくるのを

なんと きみは歌いつづけて
待ちこがれていることか
ごぼごぼと小川をいっぱいに
ひしめき流れる春の水音を

その期待ゆえに 希望ゆえに
きみの歌は いまも いまも 
わたしの胸に鳴りひびく

そのあこがれや予感ゆえに
死をみつめたきみの眼は
そのまま生をこそみつめていた

 春の日へのほめうた
                        大島博光

春の日を なつかしみ
雪のなか 冬の日に
わたくしは ほめうたう

失って みなければ わからない
春の日の あたたかさ 甘美さは

雪どけの ごぼごぼと 流れる音
雨だれの 夜どおし したたる音

庭先の 柿の木で 啼く雉子鳩
朝風に 咲き香る ぢんちょうげ

深く吸う 空気さえ 匂やかで
あの朝の すがすがしさ みずみずしさ

きみもまた そのひとみを 輝やかせ
春そのもの 花として 立っていた

あたたかく 戸をたたく 春一番

春の日は みじかくて すぐ暮れる
春の夜 ふたりして 飲んだ酒

酔い心地 夢心地 いつしかに
春はさり 夏のきて 秋となる

雪のなか 冬の日に わたくしは
春の日を なつかしみ ほめうたう

   (自筆原稿)



わたしはまだ


詩集『ひとを愛するものは』──春としあわせについて)