野球とラグビー

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


ラグビー観戦の思い出       向井美代

前の前のズーと前、何時の事か忘れました。
何用があって上京したのか、それも忘れました。
そんなある日の無聊をかこっていた午後、突然大島(博光)さんが現われ、
「お母さん、ラグビー観に行きませんか。」
「ハイッ、行きます。行きます」と二つ返事で秩父の宮ラグビー場に連れて行ってもらいました。
当時はあまりラグビー人気がなく、少ない観客の傍に坐って観戦しました。
当日の試合は早稲田対大東文化大でした。
当時、大東文化大は申し訳ない事ですが関西ではあまり知名度がなく、スポーツ欄の下の方の片隅にラグビーが強いとあったのをチラッと見たような気がします。
案の定、早稲田は押され気味で、反則の度に大島さんが「ノックオンだ!」「オフサイドだ!」と小声で怒っておられました。そのうち、とうとうワントライあげられてしまいました。途端に大島さんがスックと立ち上がり「お母さん、帰りましょう!!!」
「エッ、ハイ」と帰途につきました。が、内心、前半戦もまだ大分時間が残っていることだし折角此処まで来たのだから、もう一寸観たいなと未練がましく思いながら帰りました。
今でも時たま、テレビで大東文化大の草色のジャージを見ますと往時が懐しく思い出されます。

*向井美代さんは大島美枝子さん(博光の養女)の実母。当時は大阪にお住いでした。

ラグビー
一人になった博光さんとのお花見ドライブでは毎年、村山貯水池(多摩湖)に行きました。玉川上水の桜を見ながら西にすすみ、立川で北に転じるとほどなく湖に着きます。広大な湖の周囲は桜の花と新緑でぼーっとふちどられていて 夢のよう。
昼食は湖の向かいにあるレストラン モンヴェールでした。きれいなフレンチの店で、展望室のような客席からは西武遊園地の桜が目の前に広がり、気持よく食事ができます。
帰りには東伏見まで戻り、早稲田ラグビーの練習を見るのが順路でした。その前に西武球場に入ってプロ野球の熱気にふれて帰ることもありました。

多摩湖
多摩湖
多摩湖
多摩湖
ラグビー
常連の早稲田ファンが見に来ています。

ラグビー
ラグビー

りんご ありがたく拝受
ワセダ 十数年ぶりの しかも劇的な逆転勝利 積年の鬱憤を一挙に晴らしました 長生きしてきてよかったことの一つです この日を見ずに逝ってしまった たくさんの熱狂的なワセダ・ラグビー支持の人たちのことが思い出されます むかしの黄金時代には 優勝すると 野球の早慶戦のあとのように 新宿で祝杯をあげたものです──いまは共に乾杯する友もなく むなしくビデオをくりかえし眺めるばかり・・・ それも調子のよい日のことで ちょっと崩れると めまい立ちくらみなどがして たちまちくらやみが迫ってきます 毎日が剣が峰の上で 一歩あやまればすぐころげ落ちるばかり・・・ 眼と頭だけはまだ生きているので 調子のよい時には フランスの原書をよむことができます いまはゴーシュロンというアラゴンの次の世代の詩人の『不寝番』という詩集を読んでいます レジスタンス アルジェリア戦争 湾岸戦争とつづく二〇世紀の大状況と詩人の良心・意識 闘争といった問題を追求した詩集で むつかしいけれど 興味ぶかいものです 追求する力の持続性と実践的態度のみごとさに脱帽します 死を目の前にしてこんな詩集ととり組んでいることを 私じしんがしあわせだと思っています  死を目の前にして 諦念とか解脱とか言って 自己の救済のみをことにしている晩年とくらべれば それはまるで第一線で戦っているようなものですから・・・ 奥さんにもよろしく
十二月十八日  大島博光
長谷川健様
ラグビーの歌
                             大島博光

闘牛場のようなグラウンドをいっぱいに
ボールを追ってひたすらに走る若者たち

岩のような集団(フォワード)と集団とのぶつかり合いから
組んだスクラムの力学から戦端はひらかれる

舞台まわしのようなスクラム・ハーフの機敏な動き
そしてS・Oから戦略のボールが宙に舞う

バックスの速度ある 千変万化の戦術が
敵の防御ラインを翻弄し 突破する

ボールをめぐって若い肉体がぶつかりあい
ボールをつなぎ パスし ドリブルし

一瞬にひらめく反射神経の美技・美学は
あざやかにボールをつないでトライに結びつける

そして いならぶ敵味方の 間隙を縫って
猛進するF・Bの逆襲ほど 胸のすくものはない

そしてまた 秋空高く S・Oのきめた
ドロップ・ゴールほどに鮮やかなものはない

そしてまた 味方のゴールへとつっ走る
敵を一発で倒すタックルほどに見ごたえのあるものはない

闘牛場のようなグラウンドいっぱいに
青春がはじける つっ走る ぶつかり合う

(自筆原稿)
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何度見てもいいねぇ ラグビーの写真
昔 秩父宮へ行っていた頃 いかにも上流というかんじのご婦人が いつも一人で来ているんだよ でもそれがいやみでなくきざでなくてね bon chic(ボンシック 趣味の良い)な
(「博光語録(尾池和子さん聞き書き)」から)

 早慶戦
                         大島博光

 その春の早慶戦は忘れられない。当時プロ野球はまだこの世になく、野球の早慶戦がもっとも華やかな時代であった。わたしも春の早慶戦を応援に行った。応援がシレツで緊張感がみなぎっていた。試合後、興奮した応援団の一部が慶応がたになぐりこみ込みをかけるようなこともあった。のちに有名になる三原脩も新入生で、さっそく華麗なプレーを披露した。その試合が勝ったのか負けたのか、覚えていないが、有名な「リンゴ事件」もその頃のことであった。
 のちには一升ビンをぶらさげて早慶戦の応援に行くようになった。優勝したシーズンには、神宮球場から神楽坂を通って早稲田まで提燈行列に加わったこともあった。神楽坂では道ばたにテーブルを用意して祝い酒をふるまってくれた。
 こうしてのちにはワセダ・ラグビーの熱狂的なファンとなることになる・・・