演劇

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


前進座

初めて来た国立劇場、建物は圧倒されるような巨大さ。

前進座
前進座

場内は飲物も自由なようで、庶民的な雰囲気、観劇料を別にすれば。

前進座

前進座は子供の頃、親に連れられて吉祥寺の舞台で見て以来の、ほとんど60年ぶり。
出し物は「番町皿屋敷」と「分七元結」。
「番町皿屋敷」は男女の愛の心理劇。旗本・青山播磨の心変わりを疑った腰元・お菊は播磨の心を試そうと家宝の皿を割ってしまう。たかが小皿のこと、といったんは許した播磨だったが、お菊が己の愛を疑ってわざと割ったと知って、激怒する。「誠の心を疑われた、播磨の一生の恋も滅びた」といってお菊を一刀のもとに切り捨ててしまう。二人とも無念な結末だが、生き残った播磨は一生悲しみを背負うことになった。

一方の「分七元結」はハッピーエンドの人情話。演技もセリフもさすがで、日本の伝統芸能の見どころも体験できた。(お琴が流れる音響も含めて、博光と静江の肌には合わないかも……)

前進座

さいごに河原崎國太郎らの役者といっしょに斉藤和子さん、畑野君枝さん、浅野史子さんが壇上へ。


だるま座

今年の”市川でよい芝居をみる会”は劇団だるま座の「祈り」。
革命前のロシアの田舎村が舞台。ユダヤ人の牛乳屋テヴィエは5人の娘に恵まれたが、娘の結婚問題で人のいいテヴィエは板挟みに。家族への愛情をテヴィエ役の剣持直明が熱演。さらに、ユダヤ人迫害の動きに村の人びとが希望を失わずに困難に立ち向かっていく。50人が舞台上で繰り広げる演技もすごい迫力。家族・周りの人々との絆の大切さを改めて感じさせる舞台でした。

だるま座


井上ひさし
会場の市川市文化会館には井上ひさし記念室ができていました。
井上ひさし
井上ひさし
井上ひさし
井上ひさし

市川文学プラザでは企画展「井上ひさし~東北への眼差し~」をしているそうです。

フィリア

薄暗い庭にローソクの灯、ビクトルを象徴するギターがじっと見つめている広場に、白一色の衣装をつけ、悲しみに満ちた表情で四人が入って来る。宙を舞うかのようなしなやかな、しかし力強い歩みが事態の重大さを伝えてくれた。息をのみ込み、その表情や動きに吸い込まれた。セリフがないのに深く深く追って来る不思議な力、その中を流れるネルーダの詩の朗読。
うろたながらの悲痛な叫びが今も耳から離れない。命がけの民衆の叫びか。
初めて出会ったトータル・パフォーマンスの迫力、9・11と共に私にとって生涯忘れることのできない一夜でした。
今井伏子

フィリア

海へかえされる
Philia Projectの「Angelito 海にかえされる子どもたちの歌」は、1945年の敗戦後、大陸に取り残された日本人女性が受けた性被害と闇に葬られた胎児たちをテーマにした重い作品。祥子さんは一人の身体表現でここまでできるのかと思わせるほどに強く訴えかけ、特に女性が蹂躙されひき裂かれる場面などは会場を圧倒するものすごい演技でした。
海にかえされる
煙が目に
今年の「市川よい芝居の会」は劇団だるま座の「煙が目にしみる」。
すでに霊となって火葬を待っている北見と野々村は、四方山話をしながらうち解けて、いっしょにあの世への旅をすることに。突然の肉親との別れに複雑なわだかまりをもつ二つの家族だったが、野々村の母親・桂ばあさんだけは二人の霊を見、会話することが出来た。北見に若い恋人がいることを知ったばあさんは電話して呼び寄せる。やってきた恋人を北見の娘は拒絶するが、「亡き人を偲ぶのは家族だけではない、認めてあげて下さい」とばあさん。恋人の持ってきたビデオから北見の亡き妻への愛情がわかり、娘も心を開く。
野々村の妻と子供たちもばあさんを仲立ちに亡くなった父親へ心の丈をぶちまけてしまい、わだかまりが解きほぐされていくのだった。
ばあさんの活躍に会場は爆笑と共感に包まれた。笑いの中で家族の絆を考えさせる芝居だった。

煙が目に
幕の後のあいさつで「こんなに広い会場で大勢の方に観ていただいたことはなかった」と感激。それほど良く入った観客席に「市川よい芝居の会」の定着と客層の厚みを感じました。

教会

パフォーマーの小沢恵美子さんがショスタコーヴィッチの最後の作品であるヴィオラソナタを踊りました。
死者の歩みからはじまり、苦悩、悲しみ、躍動から本当の死までを全身を使って表現し、ショスタコーヴィッチの音楽を踊りで再構成しようという試みでとても斬新でした。

設計されたPHILIA projectの二瓶龍彦さんは「1月にビクトル・ハラの歌が殺されるときを上演したあと、民衆の悲惨さをつなぎあわせて表現していきたいと考えている」と言われました。
[ショスタコーヴィッチのヴィオラソナタを踊る小沢恵美子]の続きを読む
ビクトル・ハラ
PHILIA project よりご招待いただき、「ビクトル・ハラの歌が殺されるとき」を見てきました。
詩のように深く響くお芝居でした。全体を通して演じられる死者たち・犠牲者たちの表現法がユニークですばらしい効果。パーフォーマンスにあわせた強大な音響が軍事的暴力を、静粛が死者への思いを心に届かせました。
ロルカやスペイン市民への虐殺にたいしてネルーダの「フェデリコ・ガルシーア・ロルカへのオード」「そのわけを話そう」が朗読されるなど、詩も大きな役割りをしていました。
急に明るい歌声と楽しさに満ちた踊りになり、ほっとしました(チリ人民連合政府の樹立)が、すぐにまた暴虐の場面になり、ビクトル・ハラの「1973年9月 チリ・スタジアム」とネルーダの「腹黒い奴ら(絶筆)」で恐怖を歌い、軍事クーデターを告発しました。
ビクトル・ハラのたくさんの詩と美しい歌声が流され、歌が殺されたことの大きさとその無念を感じました。そしてこのことを忘れずに歌いついでいくことの意味を考えさせられました。
[ビクトル・ハラの歌が殺されるとき]の続きを読む
ハンナのかばんハンナ
(「ハンナのかばん」プログラムより)
久々に見たお芝居ですが、醍醐味を味わいました。
舞台を縦横に動き回る登場人物。みんなでのびやかに踊る遊び踊りで幸せ気分が会場に満ちあふれました。
全編をながれる音楽がとりわけ素晴らしかった。澄み切った美しい旋律が、おしつけることなくシーンの雰囲気をつくりあげていきました。
プロジェクターを使った映像も効果的で、ハンナが列車で収容所へ運ばれるシーンをリアルなものにしました。またハンナが収容所で描いた絵を映し出して演出に使われました。
暗くて重い題材だが、ハンナと家族の運命をふりかえりながら希望と愛を呼びかける歌声がすがすがしかった。

映画とくらべて歌も踊りもストレートに感じられるのは会場の一体感のおかげ、これがお芝居の持ち味だと思いました。

ハンナのかばん
今から9年前、東京・新宿にあるNPO法人「ホロコースト教育資料センター」代表石岡史子さんのもとにポーランドのアウシュビッツ博物館から送られてきたひとつの旅行かばん。かばんには「ハンナ・ブレディ 1931年生まれ 孤児」と大きく書いてありました。
「ハンナってどんな子だったの?」「ハンナにいったい何が起こったんだろう?」石岡さんのハンナを探す奇跡の旅が始まった。
「劇団銅鑼」が舞台化、今年の2-3月に都内外6カ所で上演し大きな感動と反響を呼びました。