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松代探索

ここでは、「松代探索」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


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松代・清野地域の南側の壁・鞍骨山と
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天城山。向こう側はどんな風景があるのでしょうか?
妻女山から尾根伝いに天城山を経由して鞍骨山に行くハイキングコースがあることがわかっています。
妻女山から倉科坂林道を行く
尾根から向こう側とこちら側を眺めたいと思っていました。
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山なみの西端にある妻女山展望台が登山口になります。
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登山口。左が前回行った林道。右が尾根のハイキングコース。
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めざす鞍骨山がうっすら見えます。無風でモヤがかかったような天気が3日続いています。
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「あんずの里」とは千曲市の森地区と倉科地区のこと。
松代東条のあんずの里より規模も大きく、行政も力を入れているようです。
8時20分スタート

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林道に前回なかった倒木。
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ここからがハイキングコース。いざ出発!
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このあたりは川中島の戦いで上杉側の陣地だった
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左が林道から別かれるハイキングコース
尾根伝いと言っても木々が立っていて眺望はありません。
日差しはさえぎられていいのですが。
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やっと得られた北側の眺望。千曲川と高速道路、その手前にレストランはなやの屋根が白っぽく見えます。
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南側は千曲市。高速道路の篠ノ井分岐と新幹線が。
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すぐ下に突然現れたカモシカ。じっとこちらを見つめたあと、さっと走っていってしまいました。
軽井沢の霧積山で遭遇したときも同じ挙動でした。
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天城山を迂回した道で二本松峠に出てしまいました。清野と倉科(千曲市)の間ををつなぐ峠
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いよいよ鞍骨山の案内。肝心の距離が取れています。
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お城を守るための窪地が二箇所
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花を撮影していると男性が追いついてきました。「やっとお花が咲いていますね」
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スマホで調べて「あと15分くらいです」と教えてくれました。
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鉄塔に到着。あと少しです
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大きな岩がゴロゴロ、城跡の雰囲気が。
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城垣があり、すぐ上に
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鞍骨城跡(山頂)
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百坪ほどの広さの城跡。夏草だけが元気。
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かろうじて北東側の眺望。高速道路と石切場、ロイヤルホテル。
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少し行くと眺望の取れる高まった場所が
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北側遠くに赤坂橋と畑
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南側は千曲市の山でしょうか。すぐ近くなのですが見渡せません。
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この山は何故か柏の木が多いです。
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ここで昼食。
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さらに行くと急な下り坂とそのさきが登りなので、ここまでで引き返すことにしました。
とたんに下り道でこけて足指を表皮剥離。
戦意喪失してつらい復路となりました。
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それでも天城山に登頂。名前だけの小さな山頂。
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そばに井戸のような石の建造物が。ここも軍事的な拠点だったのか?
岩
大きな岩が意地悪。来るときはこんな岩あったっけ?
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長い長い帰り道、帰還したのはちょうど3時。
眺望もない、山の風もない、ケガもした。
けれどもとにかく行きました。
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さきほど出会った男性がメモをワイパーにはさんでおいてくれました。林道から帰ればずっと早いんだ!

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松代は南側が山々に、北側が千曲川によって囲まれた自然の要害でした。
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記念館の屋根から眺めると、西側に妻女山がすぐ近くです。
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南側に鞍骨山(くらほねやま)から象山に至る山塊。山の向こうはどんな眺望が広がっているのでしょうか?
尾根道があんずの里ハイキングコースとなっているので歩いてみたいです。
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東側に三角の狼煙山と丸っこい皆神山、その背後に保基谷岳(ほきやだけ)。長野市で飯綱山に次いで高い山だそうです。
さらに東に奇妙山と尼厳山(あまかざりやま)があります(見えていませんが堂々とした山容)。
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8年前、小林さん、雨宮さんと来た時は桜の季節でした。<妻女山の桜
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妻女山展望台
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激突 川中島

永禄4(1561)年9月10日、八幡原を中心とする川中島平の広い範囲で、武田・上杉両軍による4回目の戦が行われた。上杉軍は8月16日に13,000の本隊を率いて海津城を眼下に見ながらここ妻女山に着陣した。一方、海津城を守る高坂(香坂)昌信(春日虎綱)からの援軍要請をうけた武田軍は20,000の兵を率いて8月29日に海津城に入った。両軍とも過去3度の戦を超える最大の兵を動員し決戦の準備に臨んだ。9月9日、武田軍は山本勘助(菅助)の進言により兵を二手に分け、主力である12,000の兵を夜中に妻女山へ向かわせ、残り8,000の武田軍の本隊が八幡原で迎え撃つ作戦をとった。いわゆる「きつつき戦法」と呼ばれるものである。これを察知した上杉軍は夜中に山を下り、千曲川の雨宮の渡しを渡って川中島平に出て夜明けを待った。この夜は霧が深く、夜明けとともに霧がはれた瞬間、両軍がすぐ間近に遭遇することになった。上杉軍の予期せぬ「車がかりの戦法」に劣勢となった武田軍は苦戦し、信玄の弟信繁角豊後守(両角虎光)、山本勘助らが戦死した。その後、妻女山からの別働隊の参戦によって形勢は逆転し、上杉軍も多くの戦死者を出し退却した。対決を避けてきた信玄がこの戦で多くの犠牲をはらいながらも上杉軍を押し返したことで川中島は武田の支配下となり、上杉を頼った村上義清、高梨政頼は信濃川中島への復帰の願いを絶たれることとなった。

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左の倉科坂林道は清野地区の南に連なる鞍骨山などの山塊の中腹を東進し、象山にいたる道で、前回は車で通りました。
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右の道を上るとあんずの里ハイキングコースで、尾根道を伝って鞍骨山(くらほねやま)に行けるようです。
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レンゲツツジやヤマブキをはじめいろいろ咲いています。
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中央の山が鞍骨山で、ここから登るのは相当たいへんそうです。
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清野から見る山塊。右端が妻女山から林道への入り口、左が天城(てしろ)山で、ここにも城があった。
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東方向で一番高いのが鞍骨山で、海津城(松代城)を眼下に見下ろす山城がありました。

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象山神社から数百メートル歩くと山寺常山邸。
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ゆったりした道を松代大本営地下壕に向かう人々。
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佐久間象山の友人でもあった傑物・山寺常山の屋敷跡を公園・無料休憩所にしたもの。
地下壕見学の帰りに休憩するのが決まったコースです。
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すぐ裏の疎水を挟んで、象山(標高475.8m)の山裾になります。
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疎水に沿った道も気持ちのいいプロムナードになっています。
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少し行くと橋がかかっていて、渡ると象山登山口の道標。
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簡単に登れそうです。
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橋を戻るとすぐ象山神社になります。


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松代は紅葉が見頃の時期ですが
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象山神社の境内は平日のためか人っ子一人いませんでした。

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「松代藩8代藩主真田幸貫公、佐久間象山先生並びに象山先生門下生の銅像」 昨年11月に建てられたそうです。
門下生として勝海舟、坂本龍馬、吉田松陰、橋本左内、小林虎三郎、高杉晋作、中岡慎太郎、久坂玄瑞をあげてい
ますが興味をひくものは何もなく、民間企業と神社が客寄せのために作った造り物だとしか思えません。
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急に暗くなって雨が落ちてきました。
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紅葉がボケて見えるのは強い風に揺れるため(イイワケ)
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すぐ近くの山寺定山邸にも行きましょう



皆神山
松代の街の北側すぐ近くにある皆神山。山頂が平坦で広く、特徴的な形をしています。
あそこにはなにがあるのでしょうか?
皆神山
ちょうど黄葉に彩られています。
黄葉
登山道(自動車が登れる)
黄葉
登り切ると野原と畑が広がり、とても山頂とは思えません。
山門
皆神神社の山門
山門
黄葉
クロサンショウウオが産卵する池があるそうです
皆神山
自然に同化したような池が四つ、境内の脇にありました。
皆神山
皆神山
黄葉
カエデの紅葉が鮮やかでひときわ目立ちました。
皆神山
本堂
DSCF6853太陽光発電パネル
東側が小高い丘になっていますが、大規模な太陽光パネルが作られていて、眺望が得られません。
DSCF6862眺望
西側に北アルプスと松代の街がおぼろに見えます。千曲川は見分けが困難。
DSCF6907下山
東側の山は下りたほうがよく見えました。
黄葉
奇妙山の隣の山
黄葉
一番大きい奇妙山
あまかざり
尼巌山(あまかざりやま)
黄葉
今日は栄村九条の会の人たちによる象山の地下壕見学がありました。
黄葉
象山もきれいに紅葉していました。
黄葉
記念館の前の山も美しく色づいています。


石切場

色づいた木々の石切場

石切場

東寺尾の石切場入り口

石切場

黄葉したブドウと。遠景は飯縄山。

西寺尾

西寺尾村折口。桜の紅葉。

あんず

杏の紅葉。

桜の紅葉

千曲川・桜堤公園の桜。
DSCF0554おほり

今年も松代真田十万石まつりは好天に恵まれました。

DSCF0506会場
DSCF04834人

「杏おこわを松代名物に育てる会(杏おこわプロジェクト)」が発足し、松代真田まつりで3店舗が自慢のおこわを出品。

あんずおこわ
DSCF0488ふたり

二人でレストランはなやの元祖あんずおこわを宣伝。

DSCF0500売り込み
DSCF0508象山
DSCF0522更新

大名行列が始まりました。

DSCF0532殿様

始祖から廃藩置県で最後となるまでの歴代の藩主が登場。

DSCF0528小松様

馬に乗った小松様。前の小松様のほうが格好よかった。

DSCF0525ヤリ振り
DSCF0530お姫様
DSCF0541甲冑
DSCF0547太鼓
石切場

千曲川の土手(桜堤公園付近)から下流を眺めると、左手(北)に飯縄山、右手に石切場が望めます。

石切場

  思い出せば 子供の頃は
  世界と自分とは ひとつだった
  ・・・
  日本アルプスの向うに沈んでゆく太陽も
  夕焼けに映える 石切場の切り立った岩肌も
  ・・・
  みんな 自分とひとつだった
  そこから自分を切り離すことを知らずに溶けこんでいた
    (千曲川の歌──子供の頃)

博光がなつかしんで歌った石切場が紅葉に包まれているように見えます。

石切場

東寺尾にある山は紅葉の盛りでした。

石切場
石切場

近づいて真下から見ると、その巨大さ、その迫力に圧倒されました。
観光マップに載っていない素晴らしい奇観を発見!機会があれば、ぜひ近くに行って見てください!
IMGP2846お濠
松代城跡で松代真田まつりをやっていました。

真田まつり
真田まつり
真田十万石行列がスタート

真田まつり
真田幸村

真田まつり
IMGP2887あぐり姫
あぐり姫と阿梅姫

真田まつり
IMGP2900小松殿
小松殿

IMGP2896大砲
IMGP2903まん姫
まん姫、まさ姫、村松殿
IMGP2889槍振り
槍振り
城下町・松代をアピールしていました。
妻女山
妻女山から南へ行く林道。

妻女山
タラの芽を探しましたが、採り尽くされていました。

すみれ
野のたんぽぽ、山のすみれ

妻女山
眼下に清野の畑地帯と松井須磨子の育った集落、中央に象山とその鼻の先が松代市街。奥が奇妙山と東条地区。
イノシシの居る気配を感じた小林さん、車に戻ることに。

妻女山
山吹の群生に目を奪われて。七重八重 花は咲けども山吹の みのひとつだになきぞ悲しき

妻女山
イノシシよけの柵。この下は人家になります。

IMGP0906芝桜
村の道わきに芝桜の絨毯。この近くのおばあさんが育てたそうです。

妻女山>
その先では花桃が花ざかり。

妻女山/a>
独特の赤味の強いエンジ色。白やピンクも同じ株で咲いています。

たんぽぽ
はなやの芝生には星のようにたんぽぽが咲いていました。

ゼンマイ
収穫は少なくとも 花がたくさん見れました。

妻女山
川中島合戦の名跡・妻女山へは車で簡単に行けます。ソメイヨシノの満開は1週間程前だったようです。

妻女山
妻女山
妻女山
妻女山
八重桜と桃が満開

妻女山
妻女山展望台

IMGP0855妻女山展望台
展望台からは千曲川と川中島が一望!
妻女山
桃の花でピンクになった千曲川の河川敷。鳥の羽を広げた長野オリンピックスタジアム。いつも見守っている飯綱山。

妻女山
これからタラの芽を採りに山道ドライブに・・・


松代の人々の足となっていた長野電鉄屋代線が3月末で廃線になります。子供の頃、松代から東京へ出るのに乗っていたなつかしい電車におわかれの乗車をしました。
屋代線
上田駅でしなの鉄道に乗換え。人影まばらです。

屋代線
山に沿った線路の風景は昔とかわらない風情です。

屋代線
屋代駅に到着。

屋代線
長野電鉄への乗り換え通路。ここを通るのもこれが最後か。

屋代線
長野電鉄のホームは大勢の人でごった返していました。別れを惜しむ人たちがカメラを片手にして。

屋代線
松代駅
松代駅で大勢の乗客が降りました。

ありがとう屋代線
ありがとう屋代線
松代中学の生徒たちが「ありがとう屋代線新聞」を発行しているようです。

松代駅
松代駅
DSC00801松代駅
松代駅も記念品の売り場をつくり、いつにない賑いでした。

長国寺
長国寺を訪れた原子朗先生。

長国寺
シンプルな形が美しい本堂。

長国寺
枯山水は曹洞宗の寺院の特徴ですと。

長国寺
長谷川健先生の父上・長谷川伍作先生の胸像が。「えのきだけ」栽培の基礎を作りました。

長国寺
長国寺
長いも創作料理の店「かじや」のすぐ裏手にありました。
マップ