FC2ブログ

ベトナム短編小説集『サヌーの森』

ここでは、「ベトナム短編小説集『サヌーの森』」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


子供

*グエン・ゴック──「子供」のグェン・ゴックは一九三二年、南ベトナムの田舎に生まれた。一九四六年以後高原地帯の少数民族が結成した人民解放軍に加わり、宣伝隊兵士として、また従軍記者として、山の村を歩きまわった。一九五五年、実在のバーナー族の抵抗戦士メッブを主人公とした長編小説『山の英雄ヌップ」(邦訳名「不敗の村」世界革命文学選二八)を発表して文芸一等賞を受け、作家としての才能をあらわした。また、たくさんの物語と短編小説を書いた。
「子供」は、一九五四年のジュネーブ協定によって北へ集結した、南部出身の解放軍の一隊長と、やはり南部生まれで、北へ引き揚げる部隊に託されてきた孤児の物語。戦争で妻と小さな娘とを失ったグエンは、そのことを、その悲しみを、部隊の誰にも打ち明けずに、ひとり耐えている。彼は、訪ねて行った小学校で、小さな女の子に会う。ほかの子供たちは、迎えにきた親たちと楽しそうに行く。しかし、その小さな女の子には誰も会いに来ない。女の子は戸口にもたれて、悲しそうに立っている。作者の筆は、これらの場面を、豊かな情感をこめて、生き生きと描いている。とりわけ親に迎えられて「ぴょんびょんとびはねながら」駆けてゆく子供と、「ませた様子で、……子供らしくもない悲しみに」目をくもらせた子供との対照のあざやかさは、ひとの心を打たずにはいない。──ここにも、戦争は、くろぐろとした深い影を落としているのである。しかし、人間は、その豊かな人間感情は、それらに打ち勝って前進するだろう。この作品は、そのような人間信頼を、しずかに、人間の深部にふれる描写で、歌いあげているといえよう。
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』大島博光・荒木洋子訳 新日本出版社 1968年)

子供

子供

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

白


子供

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

ピンク






子供


(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

花





子供

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

花



子供


(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

花

落花生


*グエン・カイ──『落花生の収穫」はベトナム民主共和国成立後、希望に燃える青年男女が祖国建設のために共同農場を開拓する中でのエピソード。不幸な流離の過去をもつ、あまり若くもなく美しくもないダオが、新しい、明るい生活の中で女の幸福を望む心をとりもどす。そこに生まれる微妙な陰影ある心理を、さりげなく、淡淡と叙して、余韻ある清潔な短編である。
 作者グエン・カイは一九三〇年ハノイ生まれ。人民解放軍の兵士として戦い、一九五〇年に書きはじめた。一九五八年の「闘争」と一九六〇年の短編集「落花生の収種」で広く大衆に知られている。

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』大島博光・荒木洋子訳 新日本出版社 1968年)

桜





落花生
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

すずらん





落花生
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

花




落花生

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

むらさき


4
(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

花


[落花生の収穫(4)]の続きを読む
(3) 
     *
 ダオは旧正月の二週間あと、年が変わってすぐにディエンビエンフーの国営農場へやって来たのだった。彼女は過去の生活を忘れるために、住み慣れた土地をとても遠く離れて、くたびれた鳥のように、憩いの場を見つけたいと願っていた。未来については、予想しようとはしなかった。きっと、過去より幸福でもないだろうし、たぶん、もっと辛い失望を味わわなくてはならないだろう。小説の主人公は不幸そのものだし、女主人公は苦悩を耐え忍ばなければならない。運命とはそうしたもので、決してほかの道はなく、どうしても避けることはできないのだ。 
 ダオはユンイェンの生まれで、田を全然もっていないので、大豆粉をつくっていた。そして、敵軍の占領時代には、酵母を用意して、米から蒸留酒をつくった。彼女は十七歳で結婚したが、夫は賭博の常習者で借金で首がまわらなくなり、南部を放浪して歩いて、やっと一九五〇年に戻って来た。彼らはまたいっしょに暮らし、一人の子供をもうけたが、赤ん坊が二つの時に父親は死んだ。数ヵ月のち、こんどは子供の命が、破傷風で奪われ、彼女はそれ以来、全く一人で暮らした。家族もなく、肩にかついだ天秤棒の両端に全財産をのせて、放浪の生活を送った。とまるところが家で、横になるところが寝床だった。
 彼女はホンゲイやカムファに行って、苺(いちご)の実の摘み取りをやり、ラオカカイへ行って魚貝の行商をやり、かっこう鳥が収獲の時のきたことを知らせると、ハナムへ行って、茘枝(れいし)売りをした。六月頃には、生まれた村へ戻って、竜眼肉摘みをした。ある時はクオイシャムの市場で、チャンチュアの渡船場で、ある時はボー村の中で、ビやブオイの市場で、彼女の姿が見られた。夏にはつぎだらけのシャツを着、冬には、色褪(あ)せた綿入れの上着を着ていた。雨が降ろうが、陽が照ろうが、彼女は一日じゅう、どこにも止まらず歩きまわった。時たま、病気に引きとめられて、知り合いの家に伏せることがあると、彼女は湯気のたつ飯椀を手にして、小さなランプの灯がゆらめくのを見ながら、以前は自分も家庭と子供ときちんとした家事をもっていたことを思い出すのだった。 
今、彼女はいたるところがわが家でもあり、またどこにも家がなく、毎日の生活があらゆる苦労をのみこんでしまって、両足は、踏みつける石よりも頑丈だった。長い年月のさすらいの後に、美しい髪の毛は赤茶け、お歯黒ははげても塗りなおそうともせず、鏡の中の顔は日ごとに頬骨がとがって、しみはますますふえていった。彼女は生まれた村に戻りたくはあったのだが、迎え入れてくれる親戚が全くなかったのである。
(つづく)

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

花


(2)
 一班の班長のラムが目をぱちぱちさせながら、彼女を眺めた。
 「あの、ちょっと.……あなただってお若いですよ。前途洋々ですよ!」
 こういう冗談を耳にするのは初めてではなかった。そのたびに、彼女はまるでいきなり自分自身の姿を見せつけられたように、心にショックを受けるのだった。彼女はすぐに落ち着きを失い、頭がかっかとなって、顔つきがすっかり変わった。彼女はすねた様子でラムをじっと見つめ、落花生の山にもたれて、苦々しい口調で言った。
 「年とった水牛だの、時期外れの種蒔きだの、袋の中に投げこまれたバラの花だのに、どんな春が残っているっていうの」
 ラムはずるそうな笑い方をしてユアンに目配せした。
 「だってさ、情熱には負ける人間がいないわけじゃないよなあ」
 ユアンは片手で髪の毛をうしろにかきあげた。少しくぼんだ美しい目は、ダオの方へ優しさをこめた視線を投げて、半ば閉じられた。ダオのとび出た頬はすっかり赤く染まり、とがらせようとした唇は引きしめることができず、心は晴れ晴れとしながら、喜びにさからっていた。彼女は大きく溜息をついて、一本の落花生をつかみ、ゆっくりと実をもぎとった。
 「あんたたちはわたしの生活を知ってるわね。毎年、年齢(とし)をとって、年齢が青春を追っぱらってしまうのよ。どの鍋にも蓋があるように、わたしにもデルタに夫がいるの。あの人はもうじきわたしのところへ来て、いっしょに社会主義建設に参加するようになるでしょうよ」
 だが、彼女は急に、ユアンと彼女、いちばんの美青年と醜い女を組み合わせるこの冗談の残酷さに気がついたかのように、自分のまじめな態度を口惜しく思いはじめた。何だって、悲しがったり、気がねしたりするの?どんな女だって、美しいところをもってるじゃないの?彼女はぱっと体を起こして、ユアンに近づき、鼻声で言った。
 「きれいな花は一スーで十本売ってるけれど、萎れた花は二タールの黄金がいるのよ。黄金二タールはいい値段なんだけど、売れるかどうかはしかとわかりかねます。ねえ、ユアン」
 彼女はこの調子でつづけたかもしれないのだが、ユアンが顔をあげて、白く輝く歯を見せて大笑いしたので、彼女は、若やいで、何もかも忘れたくなってきた。過去はなかったことにしたい、現在だけが──ディエンビエンフーの国営農場の婦人労働者として、運に恵まれたほかの女たちと同じように、幸福の分け前をもつ権利のある女としての現在だけが、あってほしかった。
(つづく)

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

桜

 落花生の収穫 
                  グェン・カイ 

 朝だった。雲が山のふもとを包み、ディエンビエンフーの平野を隠していた。けれども頂上はすっかり姿を現わしていて、葉の落ちた木々の幹が、はっきりと見分けられ、あちこちに苗(メオ)族の家の屋根が点々と白く見えた。
 東の方では、地平線が、金色に染まって、かきの殻のようにきらきら光っていた。そしてそよ風が畑道の野生のタマリンドやにわとこの薄い葉をかすかに動かしていた。
 ホンクムの丘の西には、労働者住宅の間の広い空地に、落花生畑が森の縁まで広がっていた。落花生や雑草やにわとこのくすんだ緑色の中に、藁屋根や茂った竹林の黄褐色が浮き上がって見えた。
 ここは落花生畑のいちばんにぎやかな部分で、木のベダルを踏む足音だの、実を落とす三つの機械の心棒がぶんぶんうなる音だの、莢(さや)をかき寄せる熊手の音だの、地面から掘り起こして来て、にない台の上に積み上げた落花生の強い匂いだの、一晩じゅう雨ざらしになって、もう実を落として積んである落花生から発散する、息のつまるような湿気だのがいっぱいだった。
 いたるところから、ほこりの薄い雲が立ちのぼり、てんとう虫の群れが、黄土色の斑点のある翅(はね)で空気をふるわせながら飛びまわっていた。
 ペダルを踏む人々の上着はもう汗でぬれて、筋肉を浮きあがらせていた。六人の人間が、真ん中と左の機械を動かしていた。右側のは、一班のユァンと四班のダオだけで動かしていた。ダオは、一度会っただけでいつまでも記憶に残るような、そういう女性の一人だった。絶えず動いている細長い小さな目、そばかすのあるとび出た頬、お歯黒がはげて上の方が見えている糸切り歯、少しばかりつき出た唇。彼女は格子縞のネッカチーフで頭を包んでいて、それが、ととのっていない顔立ちをいっそう際立たせていた。
 この美しからぬ女性のそばに立っているのは、労働青年同盟員で美青年のユァンで、二十五歳になり、健康と力にあふれていた。まるで筆で描いたようにほっそりとした漆黒の眉の下の明るい茶色の目が、仲間の方を向いた。
 ダオのネッカチーフは汗でぬれて、目尻と鼻の頭の上に大きな滴が流れていた。彼女が喘ぐと、ふとった体はいっそう重そうに見えた。両足は疲れた様子を見せはじめていたが、彼女は大きな指でうしろの落花生の束をすばやくつかみつづけ、敏捷に、回転する枠の上に押しやっていた。ユァンは実を落とした落花生を脇に投げて、小声で言った。
 「だいぶくたびれてきたんじゃない?」
 ダオはきらきら輝く細長い目でちらと彼を見て、顎をしゃくった。
 「あんた、自分に聞いてごらん。休みたいんでしょ?」
 ユァンは白いきれいな歯を見せて、大笑いした。
 「今にわかるさ!」
 彼はペダルの上に左足をはげしくかけ、機械のリズムはいっそう速くなった。枠は落花生をぎしぎし押しつけ、実が真ん中の山の上に雨のように飛んでいった。ダオの全身は機械の躍動に乗って、肩の肉がぶるぶる震え、両手は、いっそうせわしく動いた。彼女は疲れきっていた。しかし、そばかすの散った頬骨は相変わらず尖り、細い目は挑戦するようにきらきら光っていた。十五分の休憩時間になった。ユァンは、ダオがまだペダルを踏んでいるうちに離れた。彼女は腰に手を当てて、まわりの人々を淋しそうに眺めた。
 「休みなのね。わたし、今日はどうして頭が痛いのかしら。手も足もくたくただわ」
 そしてユァンを振りかえってほほえみながら言った。
 「若い人にはかなわないわ」
(つづく)

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』新日本出版社)

桜



  ぼくの馬(下)

 ぼくたちが山へ来てひと月とたたないうちに、豚や鶏の蓄えが尽きた。米もなくなった。馬を屠殺し、野草といっしょに食べるほかはなかった。間もなく、六匹目の馬が屠殺され、それから、七匹目が、八匹目が……屠殺の銃声と、解体する時に脇腹につき刺す小刀の音を聞くたびに、ぼくの心ははりさけるようだった。チェ・マの運命が心配だったんだ。けれども彼の順番はまだまわってこなかった。それには十分な理由があった。部隊の中でぼくはいちばん小さく、やっと十二になったばかりだった。みんながぼくをかわいがってくれた。同志たちは、チェ・マは別にしておこう、野草で食いつないで、殺さないでおこうと話し合っていたのだ。
 事態は悪くなっていった……その頃、ある寒い夕方、ぼくが丘の上でせっせとたんぽぽを摘んでいると、リュオンが呼びに来た。
 「おーい、タン、鉄砲のたまをもって、おれといっしょに来いよ。猪を撃ちに行くんだ」
 猪狩りと聞いて、ぼくはすっかり喜んでしまった。ぼくは弾丸を三発もって、リュオンのあとについて森へ行った。出かけてから十五分ばかりした頃、野営地の方で銃声が聞こえた。二発の銃声、あとは静まりかえっていた。ぼくはすぐ、そこに残っているチェ・マのことを考えた。両足の力が抜けるのを感じた。ぼくは気違いのようになってリュオンのそばをはなれ、大急ぎで駆け戻った。野営地に着くと、大勢の兵士、戦闘員や、わたしのような連絡係が、死んだばかりのチェ・マのまわりにいた。ぼくは、人の群れをかきわけて、泣きながら、ぼくの馬の頸にとびついた。馬の目は半ば見開かれ、少しばかりの血が、頭と胸の上をごくゆっくりと流れていた。全身はまだ温かだった……ぼくは泣いた。そして、まわりにいる部隊の同志たちを、はげしく罵った。看護婦のディェンさんが、ぼくを両腕に抱きしめた。彼女も泣いていた。
 「泣くんじゃないのよ。あんたは、わたしたちが敵をうち倒すために生きのびてほしいと思う?それとも飢え死にしたほうがいいと思う?」
 それから彼女はわたしの涙をふいて、なぐさめた。
 「あんたの馬は、わたしたちの命のために死んだのよ。先で、わたしたちはまた、平地へ戻って行って敵と戦い、武器を奪いとるでしょ。人民が、わたしたちに人員と武器を送ってくれるわ……先で、わたしたちの兵士はもっとたくさんになるし、あんたは騎兵隊にはいって、ほかの馬を手に入れることになるのよ……」
 「まわりの人々は、それぞれ、ぼくの悲しみをやわらげようと心を砕いた。ぼくはもう、ぼくの名馬、チェ・マをもっていなかった。ぼくは馬のことばかり思いつづけた。馬は死に、あとには、背に置いていた革の鞍と、麻袋が残された。ぼくは、記念に、鞍をぼくたちのテントの柱にぶら下げた。山の中に寒さがしみわたった。夜、ぼくはチェ・マの匂いと体温がまだいっぱいに残っている麻袋にくるまって寝た。ぼくはほかの馬のことを空想した。サーベルをきらめかせた騎兵部隊が、目の前に浮かびあがった。(完)

*チャン・コン・タン 1945年、10歳の時から人民解放軍の中で生活した。連絡員をつとめた後、解放軍の青年学校で学び、中部ベトナムからラオスにかけての多くの前線で戦った。1955年以来、部隊内の通信員として解放軍機関紙に寄稿。『ぼくの馬』はそういう作者の少年の日の思い出であろう。(解説)

(ベトナム短編小説集『サヌーの森』大島博光・荒木洋子訳 新日本出版社 1968年)

馬女神