9条の会

ここでは、「9条の会」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。



「踊り明かそう」を守ろう平和!習志野・船橋市民のつどいで千葉真智子さんがソプラノ独唱

ソプラノ
ソプラノ

守ろう平和!習志野・船橋市民のつどい」で千葉真智子さんがソプラノ独唱



孫崎

「守ろう平和!市民のつどい」で孫崎亨さんの講演がありました。
孫崎さんは会場に質問を投げかけながら、今の日本の問題点をわかりやすく話しました。

まず、報道の自由がなくなってきたことが大問題。国境なき記者団の「報道の自由度ランキング」日本は61位だ。原発や秘密保護法が拍車をかけている。報道の自由に関する国連の調査が政府の要請で中止された。参議院選挙の前はまずいと考えた。渡辺謙がツイッターでの重要な発言も無視されている。「一人も兵士が戦死しないで70年を過ごしてきた日本、戦争はしないんだという憲法は世界に誇れる。複雑で利害が異なる隣国とも、ポケットに忍ばせた拳や石ころよりも最大の抑止力は友人であることだと思う」
また、天皇が誕生日の会見で表明した言葉「連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、さまざまな改革を行って、今日の日本を築きました」これをNHKは報道しませんでした。安倍の気に入らないことは取り上げない、安倍は天皇より偉くなってしまった。

安倍は11月の参議院の予算審議で緊急事態法の必要性を発言、改憲のテーマにしようとしている。非常に重大な局面になろうとしている。
先日、早稲田大学で集会をし、たくさんの人が参加したが、学生の参加がない。京都大学でもそうだった。
18歳の若者、特に男は安保法案賛成の方が多い。若者に発信するためにツイッターを利用している。

中国や韓国を理解するのでなく、敵対を煽るような風潮。
フランスとドイツはなぜ戦争をしないと思うのですか?両国は悲惨な戦争を経験して、これを繰り返さないために、兵器の原料になる鉄と石炭を共同で管理する協力條約を作りました。これが発展してヨーロッパ共同体(EU)が出来たのです。
今やらなければならないのは、若い人たちに発信していくことだ。

孫崎

会場は400名が参加して満席に。

孫崎

第2部はソプラノの大田中早苗さんによる美しい独唱を楽しみました。ピアノ宮負おとさん。


講演会アップ

船橋市で開かれた緊急政局講演会で、重大な局面になっている安部政権の「戦争法案」について渡辺治氏(一橋大学名誉教授)が2時間にわたって熱く講演。

はじめに憲法9条をめぐる戦後の政治の流れを解説。憲法をめぐる第1の岐路が50年代の改憲策動。岸内閣が頂点だったが安保闘争で挫折した。自衛隊の行動を制約することで自衛隊合憲化をはかったが、海外派兵は認められないという「1972年見解」と「後方支援」でも戦地には行けないことが「海外で戦争しない国」にした。90年代初頭の冷戦終焉とアメリカの「ともに血を流せ」という圧力で第2の岐路へ。自衛隊のイラク派兵が強行されたが、武力行使できない、戦場に行けない限界。そのご明文改憲の策動があったが、9条の会はじめ国民の運動の拡がりで挫折。第2次安倍政権はそのリベンジで憲法3度めの最大の岐路にたつ。

ついで、安倍政権の「戦争する国」づくりの内容、「戦争法案」のねらいを解明。
さいごに戦争法案、改憲をどう阻止するか、国民的共同をめざしてとして、安倍政権の政策に保守層も危惧していること、新自由主義改革(医療保険制度改革、雇用労働改革、TPP、原発)への反発、戦後70年決議をめぐる葛藤があること。
そして安保闘争から学ぶことと合わせて、安保闘争になかった新しい可能性として、安倍政権に対する地域の反発、保守層の離反、市民運動の力が大きくなり、その文化が発展していること、女性の力が格段に大きくなったこと、中高年の立ち上がりがすごいこと、アジアの人びと、韓国の市民運動との連携があることを強調。国民的共同づくりのための行動を呼びかけました。

戦争法案の問題点と安倍政権の弱み、これに反対する運動が歴史的に極めて重要になっていることがわかりやすく話され、参加者に感銘を与えました。

講演会ワイド

習志野市と船橋市の9条の会、年金者組合、新婦人の会の共催で行われました。
あずさ

「まもろう平和!習志野市民のつどい'14」が開かれました。
前半は立川かずささんのメゾ・ソプラノ独唱。「島唄」「月の砂漠」「落葉松」「死んだ男の残したものは」などを豊かな声で歌いました。

光延

後半は光延一郎先生の講演=なぜ「憲法9条にノーベル平和賞」なのか キリスト教の立場から=
光延先生(イグナチオ9条の会世話人)は神奈川で始まった「憲法9条にノーベル平和賞を」の運動について話しました。
「憲法9条にノーベル平和賞を」の運動が注目されていますが、ノーベル賞に推薦できるのは国会議員、大学教授、平和研究所所長などに限られるので、上智大学教授の光延先生が推薦の手紙を書きました。

・・・ しかしながら、現在、日本には、現行の平和憲法をやめ、戦争のできる国に変えようとする政権の危険な企みが進んでいます。すなわち、憲法9条を「解釈」で真逆の意味に変えてしまう「解釈改憲」、また「特別秘密法」等の強行的施行により軍事国家を形成しようとする乱暴な政治が行われています。そして「日本軍慰安婦」問題への対応に示される、人権感覚に欠けた指導者の歴史認識のゆえに、アジアをはじめ国際社会からも孤立しつつあります。
  こうした危機的な状勢において、日本国民がもう一度憲法9条を生き返らせ、平和・人権・国民の主権などの価値を守り通すことは、全世界にとって非常に重要なことだと私は確信します。
 すなわち、憲法9条は、世界の平和な未来を築いていくための、輝かしい希望の旗印となるものです。
 以上から私は、憲法9条を保ち、養い、育ててきた日本の市民は、ノーベル平和賞候補に値すると思うのであります。・・・

本年4月に正式に受理されましたが、本年度の候補は278件あるそうです。10月の受賞発表を前に、「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会では賛同の署名を呼びかけています。

願い

最後に「わたしたちの願い」を参加された人の総意として確認しました。

 わたしたちの願い

 69年前に終わった第2次世界大戦では、世界で8000万人、アジアで2000万人、日本でも310万人の人々の尊い命が奪われました。
 私たちは、戦争で父母、兄弟、親せきや友人を失い、身も心も傷つき、戦後も食糧難に耐えて生きてきたことを忘れません。
 この痛恨の経験を踏まえて、戦争で人を殺し、殺される愚かな道を再び繰り返してはならないと誓ったのが憲法9条でした。
 いまもまだ、世界のいたるところで戦火がつづき、小さな子どもも含めて無数の一般市民が殺されています。あまたの兵士たちも砲火に倒れ、深い心の傷を負っています。
 日本でも、武力で国際紛争を解決しようという動きが大手を振るうようになってきました。
 そのような声が目立つようですが、耳を澄ますと、戦争への足音が聞こえ始めていることに心を痛めている人たちが大勢いるのではないでしょうか。その人たちと手をつなぎ、危険な足音を止めさせましょう。
 子どもたちを、若者たちを再び戦争の道へと追い込んではなりません。
 日本の憲法9条が、戦争への道をくい止める力を発揮し、世界中で生かされるようになったらどんなに素晴らしいことでしょう。
 「憲法9条にノーベル平和賞を」実現させ、世界中の人々といっしょに平和な地球を作り上げていきましょう。

   2014年9月6日
                  まもろう平和! 習志野市民のつどい ʼ 14
池田香代子

まもろう憲法!習志野市民のつどい '13」でドイツ文学者で世界平和アピール七人委員会のひとり、池田 香代子さんが「ポスト311 試される憲法 試されるわたしたち」と題して講演しました。
とくに、緊迫している特定秘密保護法制定の動きに関して、これに反対する行動への参加を呼びかけました。
安倍政権になって改憲・戦争できる国づくりの動きに押されている気分になっているけれども、私たちはがんばってきている。
秘密保護法はパブリックコメントでも8割が反対だった。これは重しになる。人によっては安倍政権のミッドウエーになると言っています。私たちは押し込まれていない。勝機は十分ある。日比谷野音に5000人集まったら諦めざるを得なくなる。秘密保護法をとにかく継続審議にすること、それは十分可能です。11月21日には日比谷で会いましょう!

 ニコル・ゴードンさんからのメッセージ

 『ベアテさんの志を受け継ぐ会』で私の気持ちを伝えられる機会をいただき、ありがとうございます。死の床で母が何より望んだことは、今の困難な状況の中で憲法を守ろうとする日本の人々を励ます事でした。

 母は日本国憲法にいろいろな形で貢献しました。
 第一に、男女平等と、人権、そして学問の自由の草稿を書きました。
 第二に、母が焼け跡の東京で各国の憲法を集め、草稿を書くスタッフ皆がそれらを参考にすることで、アメリカ憲法を土台にしない憲法草稿が作られました。
 第三に、日本語が流暢な母は日本政府とアメリカ側が憲法の最終稿を交渉する席上に通訳として参加しました。
 第四に、憲法の制作過程が秘密でなくなってからは、母は飽く事なく日本国憲法を擁護し、その努力は死の直前まで続きました。
 最後に、世界中の新聞やインターネットが母の死を報道したことで、さらに多くの人々が日本国憲法の歴史と内容、そして私たちが変えずに守りたいと思う条項の重要性について学びました。

 私はいま58歳で、約40年の経験がある弁護士です。しかし、1946年の母の仕事が私に振り当てられても、母のような素晴らしい仕事はできなかったと思います。母は法律の学位以上の大切なものを持っていました。それは日本の言語、文化、人びとへの、そこで育った者にしかわかり得ない深い理解と愛情です。日本に必要だと思うことを感じ取り、正確に表現する感性です。

 私の祖父、レオ・シロタは、戦前の日本で人々が西洋音楽を学ぶ事に大きく貢献したピアニストでした。その娘、ベアテの戦後50年の仕事は日本とアジアの芸術、特に舞台芸術をアメリカに紹介することでした。国籍に縛られない国際人である母はどんな国のどんな種類の芸術でも、本もので最高だと思えるものはそのすべてを敬愛しました。アジア協会と日本協会のプロデューサーとしてアジアからアーティストを招き、アメリカ各地での公演を企画、主催しました。アメリカでは多くの人たちが、母の制作した舞台を見てアジアの文化と芸術を知り、深く影響を受けました。いろいろな国の人が互いを深く知りあうことで、平和を求め続ける文化が生まれるというのが母の信条でした。

 母の最後についてお話しします。
 母は死の1年ほど前から膵臓がんを患っていましたが、親しい友人にも話しませんでした。昨年8月に93歳で亡くなった父を看病している間、母は気丈でした。しかし父を看取ってからは目にみえて弱っていきました。
                                   ′
 12月の初め、朝日新聞から日本の憲法についての取材依頼がありました。ベアテは憲法を変えたいという動きが日本にあることに敏感でした。そして自分が死につつある事を自覚していました。母はこの時点で誰とも会わず、電話で話す事すらありませんでしたが、日本の憲法を守るために最後にもう一度と、このインタビューを受ける事にしたのです。弱りすぎて自分で答えられない時のために、質問への答えを口述で私に書き取らせました。その翌朝母がベッドで原稿を推敲しているのを見て、日々弱まっていた母にこんな気力と思考力が残っていたことに私は驚きました。
 インタビューが予定された火曜日の朝、私が訪ねると、何日も寝たきりだった母が自分で着替えて、きちんとソファーに座り、電話を待っていました。しかし残念な事にこれは間違いで、実際のインタビューは2日後だったのです。恐れていた通り、木曜日には母はもう起き上がれませんでした。インタビューは午後の約束でしたが、母は朝のうちに新聞社に電話してくれるよう、私に頼みました。体力が落ちて話せなくなるのでは、という危倶からでした。母は最後の力を振り絞ってこのインタビューに臨んだのです。

 そして10日後、12月30日に母は自宅で亡くなりました。彼女の最後の仕事はこうして終わりました。

 しかしそこからまた始まったことがあります。母の死の報道は、母のキャリアと日本国憲法について、多くを雄弁に伝えました。芸術交流の仕事と、憲法と女性の権利への母の貢献が初めて一緒に語られる中で、母の一生懸命さやコスモポリタンとしての信条が浮き彫りになり、思いがけない反響が世界中から届きました。日本国内だけでも100以上もの記事が各地の新聞に載り、母の生涯の仕事と最後の力をふりしぼって日本の憲法を支持した事を伝えました。

 この3月、束京での偲ぶ会に出席するために私は日本を訪れました。母なしに“母の国”にいるのは悲しいことでした。しかし母が生前、日本で200回も講演したと聞いて、母の、また母を支えて下さった方たちの努力に今更ながら打たれました。私は日本にいた2週間で、母がなぜ日本をあんなに何度も訪れたのか、初めて分かった気がします。東京、京都、広島とどこに行ってもたくさんの方々が私に向かって母への感謝を語りました。各地で偲ぶ会が開かれ、皆さまが母の思い出を語って下さる事で、母の願いがさらに広く、深く、また新たに多くの人に届いていると私には感じられます。

 日本の皆さんに母を偲ぶこととして「九条の会」への寄付をお願いしたことについて、九条の会の小森さんは「ご意向を伺った時、新年を迎える最初の光が、日本憲法を守ろうとする人々がこれから歩く道を照らしてくれるようでした」と語りました。それを聞いたとき、私は本当に嬉しく思いました。

 4月28日、ニューヨークのアジア協会と日本協会の共同主催で、母を偲ぶ会が行われました。3ヶ月の準備を要した、昼夜2部で8時間にわたるこの会は、ウェブで世界に生中継されました。伝統芸能から現代アートまで、様々な国からきたダンサー、ミュージシャンなどが公演し、母に感謝しました。主催団体の会長たちはベアテの才能とユーモア、強い意志が感じられるエピソードを披露しました。最初のヒスパニック系で、女性としては3人目の最高裁判事ソニア・ソトマイヨールは、「ベアテは日本人の心を持っているアメリカ人だ」と語り、アメリカの憲法にはまだ女性の権利が書かれていない事を指摘しました。日本国意法の9条、14条、24条の条文が紹介され、多くの人が母が誇りにしていた日本の憲法について学んだのです。
 最後に演劇人である弟は舞台に立ち、こう母に大声で呼びかけました。「人々があなたの努力に声援を送っている。ブラボー ベアテ! ブラボー ベアテ!」参加者はそれに応えて総立ちの拍手を送り、「ブラボー!」と声を揃えました。

 その夜、「一生懸命」という日本語が母の好きな言葉だったのを思い出しました。母は憲法、平和、芸術、それぞれのために懸命に働く人たちに惹かれ、そういう人々を応援するのが母の生涯の仕事でした。母は「一生懸命」という言葉そのままの命を生きたのです。

 母は日本の憲法を「世界のモデル」と呼び、常にこう申していました。
「日本の人々はこの素晴らしい憲法と平和を、他の国の人々に教えなければならない。皆がそれをまねできるように」今日の会から始まる皆さまのこれからの努力こそが母への最高の贈り物です。母の志を受け継ぐ皆さまの努力に、そして未来の世代も女性の権利、人権、そして平和を守っていけるように、心から声援を送ります。

 ベアテの灰の一部は、日本にあります。生前、母の心と精神がいつもそうであったように、母の一部は日本の、富士山の見えるところに眠っています。

ニコル・ゴードン

*『ベアテさんの志を受け継ぐ会』(2013年5月10日東京)にて発表。
*2013年6月16日、習志野市9条の会連絡会の講演会で紺野美和子さんが紹介し、朗読。


ベアテ
戦後の新憲法制定に関わり、24条(両性の平等)を起草したベアテ・ゴードンさん。晩年は平和憲法擁護のために活動しました。彼女について昆野美和子さん(青年劇場俳優)が講演。昆野美和子さんはベアテさんを主人公にしたお芝居「真珠の首飾り」に関わり、ベアテさんといっしょに全国を回って講演会や懇談会を開き、この舞台の全国上演を組織しました。
ベアテ
DVDで少女の頃の姿から後年のアメリカでのインタビューまで紹介。
ベアテ
ベアテ
憲法への思いや、ともに活動したときのエピソードなどを話し、最後に娘のニコル・ゴードンさんのメッセージを全文朗読、感動を呼んだ。
ベアテ
そのあと、会場から多くの発言があり、熱心に語り合いました。
ベアテ
ベアテ
ベアテ
小森陽一

九条の会事務局長の小森陽一氏の講演会が習志野革新懇の主催で行われました。
・・・橋下「維新の会」は公務員や教師を悪役に仕立て、感情に訴えて攻撃する手口で政策的な思考を有権者から奪う。総選挙では安倍と連携して改憲を争点にしようとしているので危険な事態にある。「憲法九条があるから瓦礫処理がすすまない、国際貢献ができない」
石原都知事が尖閣諸島の問題を大きくさせていることも危険だ。首都に米軍基地がある根本的な異常には触れないのに。
民主党発足時の有権者の期待(生活が第一)を野田政権が完全に裏切って自公と組んだので、有権者の行き場がなくなった。これを「第三極」に流し込もうとしている。マスメディアは橋下「維新の会」に乗っ取られている。これに対抗するには草の根で対話をしていくしかない。若者の不満を聞いていくこと、居場所を作っていくことから始めたい。革新懇に参加している皆さんに奮闘してもらいたい。
まもろう平和
9月4日の「まもろう平和! 習志野市民の集い」、1部はメゾ・ソプラノ立川かずささんの独唱。
「シューベルトのアヴェ・マリア」、「エーデルワイス」澄んだ声が美しく響きました。
まもろう平和
「メゾ・ソプラノは妖艶な役回りが多いんです」と言って、カルメンの「ハバネラ」を歌いながら客席を回り、殿方を誘惑?の大サービス。
「大好きなウイーンと大好きな習志野の街」を讃え、心を込めて「ウイーン我が街」を歌い、会場は共感の拍手に包まれました。

まもろう平和
第2部は弁護士の笹本潤さんの講演「平和への権利を世界に」
世界の人々が憲法9条の価値をみとめ、その精神を広めようとしていることを紹介。
平和への権利を国連の人権宣言で確立するよう、世界のNGOが国連に働きかけ、国連人権理事会諮問委員会で討議をすすめているが、多数の国が賛成するなかで日本はアメリカ合衆国やEU諸国、韓国と共に反対しています。この国際キャンペーンの中心になっているスペインの法律家協会が12月に来日するそうです。
原発と憲法の関係では、オーストリア憲法が核兵器と共に原発を禁止、ミクロネシア連邦、パラオ憲法も禁止。
コスタリカでは、核燃料の製造等を認める政令に対して、平和に関する憲法上の権利や国際諸条約に違反して違憲無効であると裁判所が判決。憲法9条との関係でも原発は問題になるという意見もあるそうです。

まもろう平和
船橋市から佐久間まささんが参加、笹本潤さんのサインセールで「世界の平和憲法」を購入しました。
つどい
9月4日に習志野市9条の会連絡会の主催で「まもろう平和 習志野市民の集い」が開かれます。
革新懇
「革新懇市川」結成30周年記念の集いが市川市でひらかれ、全国革新懇代表世話人の品川正治さんが記念講演をしました。「北爆をはじめベトナム侵略の基地となった沖縄のことをベトナムの人は<悪魔の島>と呼んだ」「日本国民が米軍の沖縄使用ノーを決めれば、平和憲法の道を選ぶといえば、アメリカは世界戦略を変えざるを得なくなる、今は私たちの運動が世界史を変えられるところにきている」と、運動の意義を訴えました。
9条
「まもろう平和!習志野市民の集い 2010」が船橋のきららホールで開かれました。

9条
詩人で作家の辻井喬さんが「変わる世界でどう生きていくか」というテーマで講演。
・・・世界不況のなかで、G20に向けて世界銀行総裁がドルを基軸とする通貨体制の転換を提言したのは重要なニュースだが、日本の商業新聞はきちんとコメントしなかった。鳩山首相(当時)の発言にアメリカ政府が不快感を示したというニュース記事も、日本の新聞が勝手につくったもので、アメリカ現地の新聞にはなかった。日本の商業マスコミは傘に蔽われてしまっていて自主的な立場で報道しようとしない。キューバに行ったときの体験でも、日本はアメリカ政府の方針に最も忠実に従っている。ホテルはヒルトンもシェラトンもハイアットもずらっとならんでいるが、日本のホテルは一軒もない。・・・
興味深い話が続き、まだまだ話したいことがいっぱいあるというところで時間切れとなりました。

9条
9条
辻井さんの「心をつなぐ左翼の言葉」(かもがわ出版)を購入してサインしていただきました。「言葉の力によって、いかにして憲法を守り、連帯の輪を広げていくのか」をテーマにしたこの本に今日の講演の内容が書かれています。特に文学の分野の戦後から今日までの動きを民主主義的な視点で解説しており、とても参考になります。

9条
俳優の石鍋多加史さんが「ベロ出しちょんま」の語りを熱演。最後に全員合唱の指揮をされました。

9条
90歳になる佐久間まささん(右)と渡辺京子さん。母親運動のリーダー同士だそうです。

9条
民衆を大事にするキューバ社会主義の現状を教えて下さったキューバ在住の宮本眞樹子さん。
金光奎さんの講演「九条の会と加藤周一」とDVD「加藤周一さん九条を語る」の上映がありました。
署名
署名
署名
署名
平和憲法を守る松代九条の会が1月1日象山神社前で初詣の市民に憲法9条を守る署名を呼びかけました。
「世界中の故里が平和でありますように。けんぽう9条大好き!」と書いた横幕の前で例年のように熱い甘酒のサービスも行いました。
「戦争になったらおまえたちが駆り出されるんだ。戦争はいけない。平和がいいと思ったらおまえたちも署名しなさい」とお父さん。
「なんだか心配な動きがありますね」と年配の婦人。
署名しながら声をかけてくれる人に励まされました。
甘酒が終わるまで約1時間半ほどで106筆。募金も4625円寄せられました。