松代大本営/象山地下壕

ここでは、「松代大本営/象山地下壕」 に関する記事を紹介しています。
千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。



松代地下壕のこと


(アンソロジー詩集『戦争を拒む』2016年11月 発行 詩人会議)


戦争を拒む


追悼のつどい
松代大本営平和祈念館建設予定地にて松代大本営工事犠牲者追悼・平和祈念のつどいがひらかれました。
松代大本営
1944年11月11日に着工、すぐ上の山腹で最初の発破が爆発しました。
IMGP3303全体
このあたりに朝鮮人労働者の飯場がたくさん建てられていたそうです。
追悼のつどい
浅川さんが朗々と読経。
追悼のつどい
金順子さんが追悼の舞をささげました。
追悼のつどい
追悼のつどい
坑道入口に行って犠牲者の霊に献花しました。
追悼のつどい
曇り空ながら雪の北アルプスがうっすらと見えました。68年前の今日、朝鮮からきた人びとも見たのでしょう。
 ふるさと
               小林その

イ・ジェホさん
おめでとう 結婚したって聞きました
一人息子の結婚をどんなにか喜んでいらっしやるでしょう
数年まえから心臓の調子が悪いと聞いていますが
お母さん如何ですか ふくよかな笑顔が浮かんできます
お嫁さんはどんなひと?
日本語で話せますか?
結婚祝いを持って会いに行こうかな
いつもの仲間をいっぱい誘って ソウルまで

大学生だつたイ・ジェホさんが
語学留学で長野に来て
松代大本営と出会い私たちと出会い
沢山の人と
本当に沢山の人たちと出会いましたねえ

生まれ育った松代に
「だいほんえい」と呼ばれている大きな穴があって
子供の頃から探検ごっこで遊びました
暗い洞穴
時々コウモリがスーと飛び出していったり
どこまで続いているのかこの暗闇
土砂で埋まり崩れて行き止まりかと思うと
天井まで二メートルほどもある空間があったり
結局 怖くなつて後戻りするのがいつものことでした
大人たちもその穴の話になると歯切れが悪く
おおきな声で話してはいけないことだと教えられたのです

松代大本営地下壕を
暗闇から引き出したのは高校生でした
沖縄の修学旅行から帰った一人の生徒が
「こんな地下壕なら家の近くにもある」
その一言が
光の種子をまくことになったのです
種のまま発芽しないものが多い中で
奇跡のように芽を出して
芽は伸び続けて
二〇年を越える事になりました

「あんな穴埋めちまえ」そんな声もあった中で
高校生たちが平和祈念館を作ろうと呼びかけて
平和祈念館に建設募金が寄せられました
祈念館建設予定地の清掃活動も始めました
すると
「高校生たちを見て吸い殻のポイ捨てをやめた」と
土建屋の社長さんが 祈念館を造るまでと言って
事務所を貸してくれたのです
三〇坪の新しい事務所 家賃無し
「機会さえあれば 善意を発揮してくれる人はいる」
合い言葉のようになりました

大本営地下壕は負の遺産です
植民地、他民族を支配した残念な歴史の汚点です
「天皇陛下がおいでになるはずだった町」で
戦中、戦後生きた人たちは
地下壕の暗闇に投げ出されました

「エイヘイヤー エイヘイヤー エイヘイヤー
エイヘイヤーと
暗い夜道をカンテラを振り振り
大声で歌いながら
飯場から引き上げて行く
朝鮮のしょう(人)はそれは賑やかなもんだった」
当時を知るお年寄り話は
セピア色した映画が
カラー映画に変わった瞬間でした

「飯場で働いていた朝鮮の人たちは
植民地支配のもと
困難を極める労働量と差別・偏見の中で暮らしていた
貧困と惨めさとの中で暮らしていた
可哀想なひとたちだった」

それこそが事実を見ようともしていなかった
自分のすがたでした
その一つ一つが事実
もっともっと見なければ
もっと知らなければと思っています

村のあちこちに
アンネのバラが植えられ
ムクゲの花街道が創られています
地下壕の見学者が年間二〇万人を越えました
でも
歴史の事実をひっくり返そうとする動きも
後を絶ちません
松代大本営平和祈念館はまだできていません
私は松代が好きです
大本営地下壕を抱えて
新しい歴史創ろうとしているこの町は
「千曲川」の流れる美しい町です

イ・ジェホさん
結婚祝はなにが良いですか

<『狼煙』70号>
11月11日は松代大本営地下壕工事の開始された日です。
松代大本営の保存をすすめる会とNPO松代大本営平和祈念館 の共催で第22回の犠牲者追悼のつどいが開かれました。

DSC0212622回犠牲者追悼のつどい

毎年鎮魂のための韓国伝統舞踊を踊ってくださっている金順子さんが、今年も白い衣装で舞を。
上田からコープの平和クラブの皆さんが大勢で参加。犠牲者に紫の菊を献花しました。
韓国から中沢忠実さんが持ち帰り、建設予定地に植えたムクゲが沢山種を付け、11月の空に鮮明でした。
犠牲者の皆さんを、故郷に帰してあげなければと、風の中で思いました。

DSC02125大本営工事犠牲者ついとうのつどい
DSC02128予定地ムクゲの種

憲法9条を守る伏見業者女性の会の皆さんが来館。
記念館を見学された後、大本営地下壕見学。
 お一人の方が、見学の間中、紙を巻いたかなり大きな荷物をおもちでした。
(バスの中へおいてこられたらよかったのに)などと心配したのですが、おおー。最後に地下壕入り口で記念写真を写す時になって、感動でした。
 憲法9条改悪の動きが強まる中で、じっとしてはいられないと、女性だけで早速に立ち上げた憲法9条を守る会。このように日本の隅々で頑張っている女性の力が、平和を守っていくのだとしみじみ実感しました。
女性だけで(強調しているわけではありません)平和のバスツアーを企画し実行するって、大変なことだとおもいます。尊敬の思いを込めて拍手を送りたいと思います。
京都民商
松代大本営の保存をすすめる会ニュース「保存運動」6月10日号に記念館の記事が載りました。

保存
[「保存運動」6月10日号]の続きを読む
地下壕小林2
松代大本営は太平洋戦争の遺跡として注目されています。
戦争末期に「本土決戦」と「天皇の国体護持」のためのシェルターとして軍部により極秘の内に建設され、巨大な地下壕の8~9割が完成していました。

地下壕
地下壕建設が朝鮮人労働者への過酷な労働と犠牲によって進められたことも見なければなりません。危険な工事と悪い衛生環境、栄養失調などで多くの朝鮮人が死亡しましたが、その氏名も人数も明らかになっていません。坑道入り口付近に「朝鮮人犠牲者追悼平和記念碑」が建立されています。

慰霊碑
当記念館の小林事務局長は地元で生まれ、2度と戦争をしないための史跡として残して欲しいと、地下壕ガイドをしています。戦争の証人であり平和を祈念する遺跡である松代大本営地下壕をぜひ見学して下さい。