ぶうわの日記

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千曲川

大島博光記念館へようこそ。
長野詩人会議が中心となって建設運動をすすめ、2008年7月にオープンしました。
愛と抵抗を歌った博光の詩の世界にふれていただけます。


絵日記

8月25日 木曜日
おとうさんがかえってきたので るすばんをしないですんだ。べんきょうをすませて山田さんのうちにピアノのれんしゅうにいってから、ピアノの先生のところにピアノをしにいった。
それからのりちゃんやほかりくんたちとくちくすいらいをした。ぼくはすいらいだった。

*夏休み絵日記(小学3年生・昭和30年)最後のページに担任の外川先生のコメントが書いてありました。子どもの頃の絵はユニークでいいですね。文章は事実の羅列で面白くないですが。
静江の奮闘のおかげで子どもたちが楽しい日々を過ごしたことがわかりました。

ひまわり




絵日記

8月23日 火曜日
おかあさんがいちばにいくので もも子とるすばんをした。
おかあさんがはんこうをおいて「うんそうやさんがしんしゅうのりんごをもってきてくれるから きたらこのはんこうをわたしなさい。」といいました。でも その日はりんごはとうとうきませんでした。

*静江は休むまもなく生花市場に仕入れに行き、花屋の仕事を再開しました。この頃はお店を構えていました。「あんなに働く人は見たことがない」と近所の人が語っていました。<生花商の組合から表彰

絵日記

8月24日 水曜日
きょうも もも子とるすばんをした。その日もおかあさんがはんこうをわたしてくれた。その日 うちの中であそんでいると うんそうやさんがりんごばこをもってきてくれた。あとからおみそのたるをもってきてくれたので はんこうをわたした。
夕方おとうさんと弟をがかえってきた。

*博光が家で療養しながら詩を書き、静江が10分ほど離れた店で花屋をする日常でしたが、博光がいない2日間、子供は遊びに行かないで留守番する役でした。

家族
信州の高原にて


空

絵日記

8月22日 月曜日
おかあさんと妹としんしゅうからかえった。おとうさんと弟は二日めの夜いっしょにかえってくるのだ。おとうさんがつりをするから二日おそくくるのだ。はじめ ばすのていりゅうじょうへおとうととおばあさんがおくってくれた。えき(松代駅)におじいさんもおくってくれた。ようちゃんちのおばさんが きしゃのえき(屋代)まででんしゃ(長野電鉄)にのってきておくってくれた。うちにつくとごくらくそうの花がさいていた。

*蒸気機関車の煙の匂いが大好きでした。汽車で食べるアイスクリームは薄い木の折箱に入っていて素晴らしく美味しかった。トンネルに入るときは窓を閉めないと大変です、ススが飛んできて眼に入ってしまうのです。

*今回の帰省について博光は「ふるさとへ行く」というエッセイを書いています。5年ぶりといいますから、三鷹に引っ越してから初めての帰省で、地元の人たちが歓迎してくれ、子どもたちが楽しい経験をしたのでした。博光が長野市で長工詩話会の会合に出席したのが8月18日と判ります。
絵日記  


8月21日 日曜日
まつしろのはたさんのうちにいった。おひるごはんをたべてからかえろうとすると雨がふってきた。かえるとき ばすでかえった。
うちでわたちゃんや弟とどろあそびをした。いちばんふかくほったのが一ばんだ。わたちゃんが一ばんで弟が3ばんだった。おばあさんにおこられたのでやめた。



絵日記

8月20日 土曜日
しがこうげんへおとうさんやおかあさんと弟と妹といった。はじめに あるいてまつしろの駅にいった。でんしゃでちくま川のはしがよく見えた。
すざかでのりかえた。ゆだ中でおりた。まるいけまでばすにのった。とちゅうでやまをのぼった。まるいけでボートにのった。かえりかけたが またまるいけをとうってほっぽへいっておんせんにはいったりしてかえった。(おわり)

*初めて家族で志賀高原に行った時のことが懐かしく思い出されます。険しい山の道路をバスで登ったのは少し怖かった。丸池は大勢の人で賑わっていました。発哺の熊の湯では旅館の人に「お泊りですか、休憩ですか?」と訊かれ、「休憩です」と親が返事して部屋で休みました。ボートに乗ったり温泉に入ったりして楽しんだのに、残念なことに絵は描いてありません。志賀高原へはその後もスキーやハイキング、学校行事などで東京からよく行きました。当時は一番人気のある高原だったのかもしれません。

志賀高原



絵日記

8月19日 金曜日
ちくま川のはしをわたっておとうさんのいもうとのうちへいった。たんぼの中をとうって そのうちのりんごばたけにいった。とちゅうに学校があった。りんごをとってたべた。すいかもよさそうなのをとって わってみたが 中がだいぶ白くておいしくなかった。そこのうちにかえっておふろにはいってからリヤカーで帰った。ちくま川のはしをわたったら雨がふってきた。うちについたらびっしょりになった。

*博光の妹・小枝さん(大正4年生まれ)は千曲川の対岸の丸山家に嫁いでいました。
田んぼの畦道の脇の流れにフナやドジョウがたくさんいて嬉しかったが、スイカが美味しくなかったことは覚えていません。
絵日記

8月18日
みのちゃんとりんごばたけのほうへ なすをとりにいった。大きいなすやいろいろのなすがとれたが東京のほうのなすとかたちがちがっていた。ひるすぎにちくま川の土手にくさかりにいった。やぎにあげたりした。
その日もおとうさんが川へさかなつりにいった。
おかあさんが、「長の市にいったから あしたの夜かえってくるといった。」
駅

8月16日 火曜日
しんしゅうにいった。
しんしゅうでえにっきをつけたりするので にっきとなつやすみのテキストももっていった。
へんでんしょのばすのていりゅうじょうから乗っていった。おとなりのおばさんもていりゅうじょうまでむかえに(見送りに)きてくれた。いくとき きゅうこうのきしゃでいった。
上のからのって高さきをすぎたとき かんのんさまがみえた。よこ川で電気きかんしゃつけかえているひまにアプトしきのもけいをえきにおりて見た。このさきは山にのぼったり さかのところをいくので はぐるまのついたレールになるのです とおかあさんがゆった。
とんねんるを二十三もくぐった。あさまやまもみえた。やしろで まつしろへいくでんしゃにのりかえた。えきについたらのぼちゃんたちがむかえにきていた。

千曲川

8月17日 水曜日
のぼちゃんと もろこしをはたけへとりにいった。ぼくはじてん車のうしろに乗っけてもらった。もろこしをざるにいれてかえった。うちでもろこしをふかしてもらった。
すこしたってから おとうさんがさかなをちくま川につりにいくから ちいさいすいかをもってきてといったので みのちゃんともらいにいった。

*当時、西寺尾の実家は尚行さん(博光の弟)が継いでいました。男の子が4人いて、のぼちゃん(昇さん)は次男でぶうわより2〜3才年上、みのちゃん(稔さん)は長男、3男がアキちゃん(晃さん)、4男がわたちゃん(亘さん)で秋光と同学年。
絵日記

8月14日 日曜日
すなやまであそんだ。あずちゃんたちとした。ふねをつくったり ひこうきをつくったりしてあそんだ。
あそびおわってから しゃべるで したのほうにおちているすなをうえのほうにのっけたりした。

絵日記

8月15日 月曜日
あしたはしんしゅうへいくので きんぎょがしまないように 水をいっしょうけんめいにとりかえた。ぼくが山田さんのうちにピアノにいっているあいだに みずをぜんぶかいだして おとうさんたちがあたらしい水をいれているところだった。ちいさいこいがだいぶ大きくなっていた。
ピアノ(教室)にあとからいった。


絵日記  

8月13日 土曜日
やまださんのうちにピアノのれんしゅうにいった。かえるとき たるの中にきんぎょとめだかがはいっていた。それはうちであげたきんぎょだった。
その日はピアノに行く日だったが いかなかった。

*山田さんは同じクラスのお嬢さんで、家もすぐ近くだった。ピアノ教室に行く前の練習にピアノを借りに行った。山田さんのお母さんが出してくれた赤いシロップ水が冷たくて美味しかったことを覚えている。
素直な子どもだったぶうわは母親の言うとおりにピアノ教室に通ったが、長続きせずにバイエルまでで終わってしまった。一方、妹は大学生の頃までピアノを続けたし、弟に至っては教わらなかったのに独学で「月光」などを見事に弾きこなすようになった。<イリーナさんが弾く「月光」

絵日記

8月12日 金曜日
ピアノをしてから がっこうへいった。はじめに夏やすみちょうのきょうするところをした。
やきゅうも赤と白のしあいをした。ぼくはピッチャーとセカンドでした。やきゅうはぼくたち赤がかった。
がっこうからかえってから おひるすぎの三じから おとうさんとこいつりにいった。たま川でつった。つったのは二十五cmのこいを一ぴきだけだった。



絵日記


8月11日 木曜日
ピアノにいってから氷メロンをたべた。それからすいかをたべた。おひるごはんをたべてから かとうくんのうちにあそびにいったが おばさんが「いのがしらにいったよ」。といったのではいちょをもっていのがしらにあるいていった。いのがしらにつくと かとうくんとおざきくんがいっしょにさかなをつっていた。ぼくはつりのえさのえびがにをとるやくめだった。

*毎日、井の頭公園に行って釣りをしていたんですね……。不思議なことに、よくあそんだ加藤くんがどんな人だったか、まったく記憶にありません。

絵日記


8月10日 水曜日 晴
おとうととばすにのって いのがしらにさかなつりにいった。いのがしらについてから かとうくんにあった。かとうくんは えさはえびがにのしっぽのにくだったが ぼくはみみずだった。みみずがいなくなったので かとうくんにわけてもらった。かとうくんはさかなを三びきつったが二ひきにがして一ぴきしにそうなのでにがした。ぼくは一ぴきもつらなかった。


絵日記

8月9日 火曜日

おとうさんとたまがわへさかなをとりにいくつもりだった。おひるがすぎて三じごろからいくのだ。
ぼくもつりのどうぐをもっていた。るすばんのおばさんがこないのでいけなかった。
一人で ばすでいのがしらへつりにいったがなにもとれなかった。帰りにもばすにのってかえったが うちについたときはくらかった。

絵日記

かとうくんといのがしらへあみでさかなをとりにじてん車にのっていった。はじめにちいさいどじょうを一ぴきとった。そのつぎにろうそくがながれてきたので かとうくんが水の中にはいってろうそくをとりにいったがとれなかった。かとうくんがきしにあがろうとしていたら ぼくのしらないうちに十cmぐらいのなまずをとってきたが、かえるまでにしんでしまった。小さいえびがにもとろうとしたがとれなかった。